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 真澄と出会ってからの事、智子は徐々に外の世界に目を向けるようになった。どうしてかはわからない。照之が仕事を頑張っていたにもかかわらず、どうして自分は引きこもっているんだろうと思ったからだろうか? それとも、真澄に出会って、徐々に外の世界に慣れていこうと思ったからだろうか?


 そんな智子の執念を、家族は喜んでいた。これまではとても気にしていて、何度も就職しろと言ってきたが、暴力でそれを拒否していた。だが、今は違う。就職に前向きだ。


「じゃあ、行ってくるね」

「行ってらっしゃーい!」


 智子は面接を受ける会社に向かった。家族は笑顔で見送っている。就職して、こんな風に見送ってもらいたいな。そのためには、仕事に採用されないと。


 智子は最寄りの駅にやって来た。駅にもだいぶ慣れてきた。だが、周りを気にしてしまう。いじめていたやつに会うかもしれない。だが、そんな恐怖は徐々に和らいできた。全くからかわれない。私の事を忘れてしまったからだろうか? それとも、無視しているからだろうか? もういじめないと思っているからだろうか? 智子にはわからない。


 智子は地下鉄の中で面接の受けごたえの練習をしていた。だが、周りの人はまったく気にしていない。智子の事を全く知らない人ばかりのようだ。智子は緊張している。今度こそは受かるんだろうか? 全くわからない。もう何度受けたか、覚えていない。


 智子は1ヶ月ぐらい前から就職活動をしているものの、採用されないばかりだ。中卒で、10年以上も空白のある履歴書を見たら、誰も冷たい目をするのだ。こんなに空白があれば、本当にできるかどうか不安にされる。智子にもそれはわかっている。だが、そんなのは関係ないと思っている。こんな私でもできるはず。絵が得意だ。それを大きなセールスポイントにしていければいいな。


 智子は面接をする職場の最寄り駅にやって来た。そこは、自宅から徒歩と電車で30分ぐらいの所にあり、距離はそこそこいい。智子は緊張しているが、徐々に面接の雰囲気に慣れてきた。


 数分歩いていると、面接を受ける職場に就いた。そこはケーキ屋だ。自分は絵を描く事が得意だから、ここなら頑張れそうだと思った。


「ここだな・・・」


 智子は入り口に前に立った。智子は入り口の扉を叩いた。


「はい」


 智子は静かに中に入る。その先には、店長と思われる人がいる。


「失礼します。今日、面接とお聞きしてまいりました、松井智子です」


 今日、面接の予定が入っている松井智子が来たようだ。こんな人なのか。なかなかよさそうな人だな。


「こちらの席にどうぞ」

「はい」


 智子は指定された席に座った。智子はまったく緊張していない。この子はなかなかいいな。採用してみたいな。


「じゃあ、履歴書を見せてください」

「はい、こちらです」


 智子は履歴書などが入った封筒を渡した。面接官は封筒を受け取る。


「ありがとう」


 面接官は封筒の中身を見て、履歴書を目に通した。中学校を卒業してから10年以上の空白がある事が目立つ。これはどういう事だろう。面接官の表情が変わった。


「君、中卒なんだね」

「はい」


 やっぱり言われた。智子は正直に自分は中卒だと明かす。いつもこんな事を言われている。どう答えるか、戸惑ってしまう。


「君、中学校を卒業してから、10年以上何をしてたの?」


 面接官は思った。この子は中学校を卒業してから、10年以上何にもやっていない。その間、何をやっていたんだろう。家族の介護や家業なら仕方ないけど、10年以上の空白がとても気になるな。


「ずっと家にいました。ですが、社会復帰を目指して頑張っています」


 面接官は驚いた。10年以上も家にいた。その間の事は明かしていない。ひょっとしたら、何もしていなかったのでは。そうならば、できるかどうかはわからないな。当社としては即戦力となる人材が欲しいのに。これは不採用かもしれない。


「そう、ですか・・・」


 智子は戸惑った。いつもこんな事を言われている。10年以上の空白はもう問いかけられたくない。私は一生懸命仕事をしたいのに。


「君、本当に頑張りたいの?」

「はい。早く仕事に慣れたいです」


 だが、面接官は冷たい目で見る。本当にやっていけるのか不安だ。智子はその様子を気にしている。また同じ目つきだ。智子にはわかっている。採用に対して前向きではないんだろう。


「うーん・・・、でもね、君は10年以上もブランクがあるんだよな」

「ですが、頑張りたいんです!」


 だが、智子は積極的だ。採用してほしい。そして、人間として成長したい。だから、採用してくれ。


「本当にできるのか、心配だね」


 面接官は首をかしげた。とても心配そうな表情だ。この人と面接したのを後悔しているようだ。早く帰ってほしいな。


「うーん・・・」


 隣の面接官も首をかしげている。今回は不採用でいいよな。面接官は履歴書などを封筒に入れて、お返しした。それを見て、智子は今回も不採用だと悟った。これは不採用だという証明だ。


「今日はありがとうね」

「ありがとうございました。失礼します」


 智子は静かに職場を出て行った。出た所で、智子は泣いてしまった。また不採用だった。家族にどう目を向けよう。


「どうして私、いっつもいっつも・・・」

「大丈夫かい?」


 智子は誰かの声に気付き、顔を上げた。そこには真澄がいる。まさか、真澄が来ていたとは。真澄は本当に優しいな。この人なら、夫になってもいいかも。真澄はまるで励ましているようだ。真澄のためにも、就職活動を頑張らないと。


「うん・・・」

「大丈夫大丈夫。拾う神は必ず現れるよ」


 真澄は智子の頭を撫でた。真澄に励まされると、智子はやる気が出る。そうだ、自分にも絶対に拾う神が現れるんだ。そして、就職できるんだ。


「本当?」

「うん。だって君は絵の才能があるから」


 そうだ。私には絵の才能がある。いくつものVtuberのデザインやモデリングをしてきた。そして、多くの人々に支持されてきた。それを自分の最大のアピールポイントにすればいいじゃないか。


「ありがとう。私、頑張るね」


 智子は駅に向かっていった。真澄はそんな智子の後ろ姿を見ていた。頑張っているのに、どうして報われないんだろう。どうして人は履歴書だけで決めつけるんだろう。智子は頑張りたい気持ちがあるのに、どうして採用されないんだろう。何度も不採用になっている智子がかわいそうでしょうがない。


「うーん・・・」


 智子は考えていた。いつになったら就職までこぎつけられるんだろう。もう、自分には就職できる場所なんてないんじゃないかと思えてきた。だけど、就職活動を頑張らないと。

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