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その次の週末、真澄は約束の喫茶店にやって来た。そこは、東京のはずれにあって、少し古ぼけた所だ。ここの約束だったんだけど、本当に来るんだろうか? あんまり家から出ないので、来るのか不安だ。だが、自ら会おうと言ったんだから、来るだろう。
「ここだったな」
と、そこにTOMOが姿を現した。だが、真澄は気づいていない。
「あっ、どうも」
真澄は振り向いた。そこにはTOMOがいる。どこか暗そうな表情で、周りを気にしている。いまだに外が怖いようだ。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
真澄は思った。外の世界が怖いと言っているんだけど、大丈夫だろうか?
「今日は大丈夫なの?」
「何とか・・・」
突然、真澄はTOMOの肩を叩いた。いきなり肩を叩かれて、TOMOは驚いた。
「早く自分の殻にこもってないで、頑張ってよ」
「そう言われても・・・」
だが、TOMOは下を向いてしまう。外の世界はみんな、自分をいじめる人ばかりだ。またからかわれるだけだ。ネットの世界でしか見方がいないだろう。
「まぁ、今日は2人で話そうよ。君が誘ったんでしょ?」
「うん」
2人は喫茶店に入った。喫茶店は閑散としていて、自分以外に1人の年老いた男性がいるだけだ。その男性は寂しそうだ。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい」
2人だと確認すると、店員は2人を席に案内した。
「こちらへどうぞ」
案内したのはテーブル席だ。仕切りは木目調で、まるでリビングにいるようだ。
「ありがとうございます」
2人は座席に座った。赤いモケットで、座り心地がいい。
「本日はご来店ありがとうございます。ご注文はどうなさいますか?」
「コーヒーとショートケーキで」
「僕はコーヒーとチョコレートケーキで」
真澄はコーヒーとチョコレートケーキを、TOMOはコーヒーとショートケーキを注文した。
「かしこまりました」
店員は厨房に入った。注文を伝えに行ったようだ。
ふと、真澄は思った。照之がなくなったと知った時は、どんな気持ちだったんだろう。
「テルさんが死んだ時はどうだった?」
「すごくショックだったよ。以前からパワハラに困っていると言ってたんだけど・・・」
TOMOは知っていた。テルがパワハラに困っていて、生きているのがつらいとつぶやいていた。フォロワーは励まし、死ぬなと口々に言っていたという。だが、その願いもむなしく、自殺してしまった。それを知らずに、モデリングを完成させたTOMOも、とてもショックを受けた。せっかく書いたデザインなのに、日の目を見る事無く、デビューは幻になるだろうと思われた。だが、真澄がそれを引き継いでくれた。楽しみにしていたので、とても嬉しかった。
「そうなんだ・・・。それに比べたら私より頑張ってるよね」
TOMOはつくづく思っている。引きこもっている自分とは違い、照之は頑張っていた。なのに、どうして自分は頑張らないんだろう。どうして自分は自分の殻に閉じこもっているんだろう。何事も恐れない気持ちをどうして持たなかったんだろう。
「うん。TOMOさんも、頑張ってみてよ」
「うーん・・・」
突然、真澄がテーブルを叩いた。老人はそれを聞いて、驚いた。
「現実から逃げないで!」
そこに、店員がやって来た。お盆にはコーヒー2杯とチョコレートケーキ、ショートケーキが載っている。
「お待たせしました。コーヒーとショートケーキとチョコレートケーキです」
「ありがとうございます」
今さっきは驚かせて悪かった。じゃあ、ケーキを食べて、少し落ち着こう。
「じゃあ、食べようか。いただきまーす」
「いただきまーす」
2人はケーキを食べ始めた。とてもおいしい。少し気持ちが楽になる。
「ところで君、名前は?」
「智子」
智子という名前なのか。という事は、HN(ハンドルネーム)のTOMOはここから取ったのかな?
「いい名前だね。HN(ハンドルネーム)のTOMOはここから取ったの?」
「うん」
やはりそうか。なかなかいい名前だな。
「そうなんだ」
突然、真澄は思った。一緒に東京を巡ろう。そして、少しずつ外の世界に慣れよう。そうすれば、心を開いてくれるかもしれない。
「今度、一緒に東京を巡ろうか?」
「うーん・・・」
だが、智子は戸惑っている。いまだに外の世界が怖いようだ。本当は就職したいのに。働いて成長したい、そして、家計を支えたいのに。
「一緒に行こうよ」
「いい、よ・・・」
真澄に言われたのだから、断れない。智子は来週末、真澄と東京を散策する事にした。東京の散策なんて、した事がない。
「じゃあ、来週来てね」
「うん」
智子はびくびくしている。来週末、どうなるんだろう。誰かにからかわれないか心配だな。
それからの事、真澄は職場でも智子の事が忘れられない。早く週末にならないかな? 智子に会いたい。そして、一緒に東京を散策したい。だが、そのためには仕事を頑張らないと。
「どうしたんだい?」
真澄は横を向いた。そこには同僚がいる。真澄は驚いた。同僚がいると思わなかった。
「何でもないよ」
だが、真澄は何にもないとごまかす。本当は智子の事を気にしているのに。結婚するまでは秘密にしておこう。
「そっか。不安になるぞ」
「ごめんごめん」
真澄は少し照れた。今は仕事に集中しないと。それまでに事故をしたら、週末の予定がなくなるから。
「どうしよう・・・」
真澄は退勤して、最寄り駅に向かって歩いていた。その間でも、真澄は智子の事を考えていた。
「あの人、おとなしそうでいいな。自分好みかも。何とかしてこの人を射止めたいな。だけど、どうしたら・・・」
真澄は考えていた。早く智子にプロポーズできるように、自分をアピールしないと。
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