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 次の日曜日、真澄は鷺村駅で女を待っていた。モデリングを担当したTOMOだ。今日、ここで待ち合わせる予定だ。どんな人なんだろう。全く想像がつかない。かわいい女の子だろうか? それとも、どうだろう。


「もうすぐだな」


 と、そこに1人の女がやって来た。その女は、物静かな雰囲気で、どこか暗い表情だ。真澄は最初、この人だと全く予想していなかった。


「すいません、テルのお兄さんですか?」

「はい、そうです」


 真澄は少し戸惑った。まさか、こんな人だとは。もっとかわいいと思っていた。太った女性で、あまり運動をしていないようだ。髪はボサボサで、あまり髪を切っていないように見える。


「TOMOです。よろしくお願いします」


 TOMOは少しお辞儀をした。だが、緊張している。対人恐怖症のようだ。あまり外に出た事がないようだ。


「こちらこそよろしくお願いします」


 2人は真澄の自宅に向かって歩き出した。TOMOは周りを気にしている。周りがそんなに気になるんだろうか? 真澄は思った。この子はちょっとおかしいな。どうしてこんなに周りを気にするんだろう。


「テルさん、パワハラが原因で自殺しちゃったんですね」


 TOMOは寂しそうだ。本人がアバターを動かして、配信をするのを見たかったな。その時には、チャットをしたかったのに。


「ああ。以前から悩んでたんだけどね、まさか自殺するとは」


 真澄は下を向いた。いまだに照之が自殺したのが信じられないようだ。


「かわいそうだよね。せっかくモデリングが完成したのに、自らできなくて」


 TOMOは泣きそうになった。TOMOもショックだったようだ。


「その気持ち、よくわかるよ」

「ありがとう」


 しばらく歩くと、真澄の自宅に着いた。真澄の自宅は自分の家よりも大きい。


「お邪魔しまーす」


 2人は真澄の自宅に入った。大広間は広い。ここも自分の家以上だ。TOMOはしばらく見とれた。


「はーい、あら、この人なの?」

「うん。照之のネット界の友達」


 真理恵は不思議そうな目をした。照之にはこんな友達がいたんだな。ネット界は広いものだ。


「そうなんだ。あっ、仏壇はこちらです」

「ありがとうございます」


 真理恵は2人を座敷に案内した。座敷には仏壇がある。そこには、照之の遺影がある。


 TOMOは仏壇の前に座り、照之の遺影を見た。こんな顔だったんだな。なかなかかっこいい顔をしている。だが、苦しんでいたんだな。自分の居場所をネットに求めたんだなと思った。引きこもっている自分に比べると、この子は頑張ってたんだな。そう思うと、引きこもっている自分が恥ずかしいと思い始めた。


「こんな顔だったんですね」

「ああ。かわいい弟だったのに・・・」


 真澄はがっくりしている。今でも生きていたら、Vtuber活動を楽しんでいただろうに。TOMOさんに会う事ができたのに。


「こんな結果になって残念だわ・・・。自分でVtuberデビューできなかったもんね」

「でも、僕がその遺志を受け継ぐんだ」


 だが、いつまでも下を向いていてはいけない。照之の遺志を受け継いで、自分がVtuber活動をするんだ。


「そうだね。これから頑張ってね」

「うん。まかしといて」

「ありがとう」


 2人は2階の照之の部屋に向かった。TOMOはその部屋を見て、親近感を覚えた。自分の部屋もこんな感じだ。パソコンのモニターがいくつかあって、暗い空間で、そんな中で頑張っている。


「テルさんって、現実から逃げようと思って、Vtuberになろうとしたんだね」

「うん。よほどつらかったんだろうな」


 と、TOMOは何かを言いたくなったようだ。真剣な表情をしている。


「私もそうだった。私、いじめで学校に行きたくなくなったんだ。で、現実から逃げようと不登校になったんだ」

「そんな過去があったんだ」


 真澄は驚いた。TOMOはいじめられっ子で、それが原因で不登校になったとは。TOMOもこんなに苦しんでいたんだな。そして、それから逃れるためにインターネットの世界にのめりこんだんだな。そして、インターネットに居場所を求めているんだな。


「私、物心つく頃から絵を描くのが好きで、小学校の頃から先生に褒められてたの。不登校で学校に来なくなってからは、家でずっと絵を描いてたわ」


 TOMOは物心がつく頃から絵を描くのが好きで、誰からも称賛されていた。だが、それ以外は全くダメで、次第に馬鹿にされて、いじめられるようになった。最初は先生が注意していたものの、次第にしなくなり、それが原因で不登校になってしまった。家の中にいる時は、もっぱら絵を描いていたという。そして次第に、パソコンを使って絵を描くようになってきて、それを生かしてデザイン、モデリングを手掛けるようになったという。


「ふーん。そうだったんだ。つらかった?」

「もちろんだよ。誰も信じられなかったもん。だけど、絵を描いていると、そんなつらさを忘れられるんだ。だけど、みんな絵を見て馬鹿にするんだよ。お父さんもお母さんも先生も褒めてくれるのに、みんなわかってくれないんだ。だから私は、ネット界にこもるようになったんだ」


 TOMOは泣きそうになった。よほどつらかったんだろうな。真澄はTOMOの頭を撫でた。TOMOは上を向いた。この人、とてもやさしいな。この人となら、一緒になりたいな。


「そうなんだ。照之よりひどい人生を歩んでいるような気が」

「確かに。私は仕事にも行けなくて、モデリングとVtuberのお金で生きているだけなの。そう思うと、仕事に行けていたテルさんって、すごいなって思った」


 家に引きこもってばかりで、就職なんて考えた事がない。兄はしっかりと働いているのに、自分はまったく仕事をしようと思わない。ずっと引きこもって、パソコンをいじったり、絵を描いているだけだ。両親は仕事をしろと注意しているが、TOMOはまったくしようとしない。両親も心配している。この子はもう、一生引きこもってばかりなのでは? そう思うと、照之は自分以上にすごいなと思い始めた。


「すごいのかな? 自殺しちゃったんだけどね」

「私だったら、耐えられないかも」


 TOMOは思っている。自分がこんなパワハラを受けたら、すぐに自殺していただろうな。それでもこれだけ働いていたのはすごいと思った。


「よほどつらい日々を送ってきたんだね。現実から逃げている事を考えると、照之と似てるね」

「うん。原因を知って、私と共通点があるなと感じたの」


 TOMOがここに来ようと思ったのは、自分の人生と重ね合わせようとしていたからでもある。現実から逃げるためにネットの世界にのめりこんだ自分とよく似ていて、親近感を覚えた。だから、この人の家族に会ってみようと思ったようだ。

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