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 真澄は照之の部屋に戻ってきた。だが、照之はいない。寝る前にはこの部屋にいたのに、おとといと昨日はいなかった。真澄は照之がいない虚無感から抜け出せていない。抜け出すにはどれぐらいの時間がかかるんだろう。


「あーあ、もういないんだな」


 と、真澄はパソコンの通知に目が入った。メール通知だ。照之へのメッセージのようだ。もう亡くなったのに、まだいるかのように通知が飛んでくる。


「ん? メール通知?」


 真澄はそのメールを開いてみた。Vtuberのモデリングが完成したという知らせだ。Vtuberという言葉は、真澄はまったく知らなかった。いったい何だろう。真澄は首をかしげた。


「Vtuberのモデリングが完成した? 照之って、Vtuberになろうとしていた?」


 真澄は呆然としていた。だが、照之が死んだ事は伝えないと。それは事実なのだから。真澄はメールを送った相手に、照之が死んだのを知らせるために、返信のメールを送る事にした。



 わたくし、テルの兄です。3日前、テルが自殺を図りました

 職場のパワハラが原因だそうです

 せっかく作っていただいたのに、こんな結果になって、申し訳ございません



 真澄は震えていた。せっかく作ったのに、こんな事になったら、製作者はどんな反応をするんだろう。Vtuberの意味は分からなくても、依頼していた人が亡くなったら、悲しむのは当然だろう。


「どんな返事が返ってくるんだろう」


 しばらく待っていると、メールの通知が来た。モデリングの制作者からだろう。


「おっ、返ってきた!」


 真澄はメールを開いた。やはり制作者からのメールだ。



 それは残念です

 せっかくモデリングをしたのに、楽しみに待っていたのに、自殺という結果になって、無念でたまりません

 テル様のご冥福をお祈りいたします



 真澄は天井を見上げた。天井の向こうの空には、照之がいるだろうから。


「照之、なりたかったんだな。配信したかったんだな」


 と、そこに真理恵がやって来た。だが、真澄は気が付いていない。


「どうしたの?」


 その声で、真澄は真理恵が来ていたことに気が付いた。どうしてここに来たんだろう。


「いや、何でもないの」

「ふーん」


 と、真理恵は何かを思い出したかのような表情を見せた。


「真澄ー、お風呂の用意ができたわよ」

「はーい!」


 お風呂の用意ができたようだ。いろいろあったけど、お風呂に入った少しゆっくりしよう。明日からまた仕事だ。しっかりと頑張ろう。


 真澄はお風呂に向かった。真澄は気が付いていなかった。その後ろに、照之の幽霊がいる事に。


 数十分後、真澄は部屋に戻ってきた。歯を磨き、あとは寝るだけだ。


「ふぅ・・・」


 真澄は時計を見た。まだまだ寝るまで時間はある。もう少し照之のパソコンで遊ぼうかな? 真澄は相変わらず、照之の残り香を感じていた。だが、いつかは忘れなければ。だけど、忘れられるんだろうか?


「明日からまた仕事だ。頑張らないと」


 照之はパワハラが原因で亡くなってしまった。自分の職場はそんなに厳しくない。だけど、もし自分の職場でこんな事があったら、どうしよう。いち早く相談したほうがいいに違いない。照之の二の舞になりたくないから。


「照之、見守ってくれてるかな?」


 ふと、照之はモデリングが完成したのを伝えるメールを開いた。どんなデザインなのか気になった。照之がそのモデルを見ると、そこには真っ白な2足歩行のキツネがいる。そのキツネは、尻尾が9本ある。どうやら九尾の狐のようだ。


「これがモデリングなのか・・・」


 そしてメールには、そのVtuber名が書かれていた。『白雪(しらゆき)コン太』というらしい。なかなかかわいらしい名前だな。照之はこんな名前で活動しようとしていたんだと思うと、無念で仕方ない。


「白雪コン太か。なかなかいい名前だな。だけどデビューはかなわなかった」

「どうしたの?」


 真澄は横を向いた。そこには真理恵がいる。また真澄のもとに来たようだ。


「何でもないんだ」

「そう・・・。明日からまた仕事だね。照之の分も頑張ろうね」

「ああ」


 真理恵は明日から仕事だと言っている。照之の分も仕事を頑張ってほしいと思っているんだろう。


「おやすみー」

「おやすみー」


 真理恵は部屋を出て行った。真澄は真理恵の後ろ姿をじっと見ている。


 真澄は天井を見上げた。今頃、照之は天国で何をしているんだろう。


「照之・・・、モデリング、できたんだよ。よかったね。天国でVtuberデビュー、頑張ってね!」


 真澄は想像していた。今頃、照之は天国でVtuber活動をしているんだろうな。パワハラなどの、何の苦しみのない天国でできて、嬉しいだろうな。だけど、もうこの世にいなくて、僕らは残念だよ。会いたいよ。だけど、照之が生きられなかった分も生きるのが僕らの使命だ。その使命を果たし、人生を全うした時に天国で会いたいな。


 真澄は、照之が首を吊っているのを発見した朝の事を思い出した。




 それは、いつもの朝だった。今日も2人とも仕事だ。今日も頑張っていこう。


 だが、真澄はおかしいと思った。先に起きているはずの照之が起きない。どうしたんだろう。熱でもあるんだろうか? それとも、何だろう。


「照之、朝だぞ!」


 真澄は照之の部屋に入った。だが、照之は見当たらない。どこに行ったんだろう。真澄は首をかしげた。


「あれっ、照之?」


 真澄はあたりを見渡した。それでも照之は見当たらない。徐々に真澄は焦ってきた。早番で早く出勤するのなら、報告するはずだ。明らかにおかしい。


「いない・・・」


 真澄はクローゼットを開けた。その瞬間、真澄は絶句した。ロープをかけて首を吊っている照之がいるのだ。すでに意識がない。死んでいるようだ。


「うわああああああ!」


 その声を聞いて、真理恵は1階のダイニングから照之の部屋に向かった。何か大変な事があったようだ。真澄の声で予感を察知した。


 すぐに、真理恵がやって来た。


「どうしたの?」

「あれ! あれ!」


 真澄はクローゼットを指さしている。何だろう。ただ事ではないのは確かだ。真理恵はクローゼットを見た。そこには、首を吊っている照之の姿がある。


「キャーーーーーーーーーーー!」


 真理恵は悲鳴を上げた。とても現実の光景ではなかった。まるで悪い夢を見ているかのようだ。


「ど、どうしよう」

「照之・・・、何で自殺しちゃうんだよ」


 2人とも、その場に崩れた。そして、照之の自殺が知れ渡った。




 真澄はいつのまにか、涙を流していた。せっかく作って、完成したというのに。こんな事になるなんて。


「もう照之には会えない・・・」


 ふと、真澄は感じた。ひょっとして、照之は現実から逃げたくて、Vtuberになったのでは? 照之の気持がちょっとわかった。


「現実から逃げたくて、Vtuberになろうとしていたのかな? 君の気持ち、ちょっとわかった気がするよ・・・」


 真澄は電源を消し、自分の部屋に向かった。もう寝よう。そして、明日からの仕事に備えよう。

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