2
真澄は照之の部屋に戻ってきた。だが、照之はいない。寝る前にはこの部屋にいたのに、おとといと昨日はいなかった。真澄は照之がいない虚無感から抜け出せていない。抜け出すにはどれぐらいの時間がかかるんだろう。
「あーあ、もういないんだな」
と、真澄はパソコンの通知に目が入った。メール通知だ。照之へのメッセージのようだ。もう亡くなったのに、まだいるかのように通知が飛んでくる。
「ん? メール通知?」
真澄はそのメールを開いてみた。Vtuberのモデリングが完成したという知らせだ。Vtuberという言葉は、真澄はまったく知らなかった。いったい何だろう。真澄は首をかしげた。
「Vtuberのモデリングが完成した? 照之って、Vtuberになろうとしていた?」
真澄は呆然としていた。だが、照之が死んだ事は伝えないと。それは事実なのだから。真澄はメールを送った相手に、照之が死んだのを知らせるために、返信のメールを送る事にした。
わたくし、テルの兄です。3日前、テルが自殺を図りました
職場のパワハラが原因だそうです
せっかく作っていただいたのに、こんな結果になって、申し訳ございません
真澄は震えていた。せっかく作ったのに、こんな事になったら、製作者はどんな反応をするんだろう。Vtuberの意味は分からなくても、依頼していた人が亡くなったら、悲しむのは当然だろう。
「どんな返事が返ってくるんだろう」
しばらく待っていると、メールの通知が来た。モデリングの制作者からだろう。
「おっ、返ってきた!」
真澄はメールを開いた。やはり制作者からのメールだ。
それは残念です
せっかくモデリングをしたのに、楽しみに待っていたのに、自殺という結果になって、無念でたまりません
テル様のご冥福をお祈りいたします
真澄は天井を見上げた。天井の向こうの空には、照之がいるだろうから。
「照之、なりたかったんだな。配信したかったんだな」
と、そこに真理恵がやって来た。だが、真澄は気が付いていない。
「どうしたの?」
その声で、真澄は真理恵が来ていたことに気が付いた。どうしてここに来たんだろう。
「いや、何でもないの」
「ふーん」
と、真理恵は何かを思い出したかのような表情を見せた。
「真澄ー、お風呂の用意ができたわよ」
「はーい!」
お風呂の用意ができたようだ。いろいろあったけど、お風呂に入った少しゆっくりしよう。明日からまた仕事だ。しっかりと頑張ろう。
真澄はお風呂に向かった。真澄は気が付いていなかった。その後ろに、照之の幽霊がいる事に。
数十分後、真澄は部屋に戻ってきた。歯を磨き、あとは寝るだけだ。
「ふぅ・・・」
真澄は時計を見た。まだまだ寝るまで時間はある。もう少し照之のパソコンで遊ぼうかな? 真澄は相変わらず、照之の残り香を感じていた。だが、いつかは忘れなければ。だけど、忘れられるんだろうか?
「明日からまた仕事だ。頑張らないと」
照之はパワハラが原因で亡くなってしまった。自分の職場はそんなに厳しくない。だけど、もし自分の職場でこんな事があったら、どうしよう。いち早く相談したほうがいいに違いない。照之の二の舞になりたくないから。
「照之、見守ってくれてるかな?」
ふと、照之はモデリングが完成したのを伝えるメールを開いた。どんなデザインなのか気になった。照之がそのモデルを見ると、そこには真っ白な2足歩行のキツネがいる。そのキツネは、尻尾が9本ある。どうやら九尾の狐のようだ。
「これがモデリングなのか・・・」
そしてメールには、そのVtuber名が書かれていた。『白雪(しらゆき)コン太』というらしい。なかなかかわいらしい名前だな。照之はこんな名前で活動しようとしていたんだと思うと、無念で仕方ない。
「白雪コン太か。なかなかいい名前だな。だけどデビューはかなわなかった」
「どうしたの?」
真澄は横を向いた。そこには真理恵がいる。また真澄のもとに来たようだ。
「何でもないんだ」
「そう・・・。明日からまた仕事だね。照之の分も頑張ろうね」
「ああ」
真理恵は明日から仕事だと言っている。照之の分も仕事を頑張ってほしいと思っているんだろう。
「おやすみー」
「おやすみー」
真理恵は部屋を出て行った。真澄は真理恵の後ろ姿をじっと見ている。
真澄は天井を見上げた。今頃、照之は天国で何をしているんだろう。
「照之・・・、モデリング、できたんだよ。よかったね。天国でVtuberデビュー、頑張ってね!」
真澄は想像していた。今頃、照之は天国でVtuber活動をしているんだろうな。パワハラなどの、何の苦しみのない天国でできて、嬉しいだろうな。だけど、もうこの世にいなくて、僕らは残念だよ。会いたいよ。だけど、照之が生きられなかった分も生きるのが僕らの使命だ。その使命を果たし、人生を全うした時に天国で会いたいな。
真澄は、照之が首を吊っているのを発見した朝の事を思い出した。
それは、いつもの朝だった。今日も2人とも仕事だ。今日も頑張っていこう。
だが、真澄はおかしいと思った。先に起きているはずの照之が起きない。どうしたんだろう。熱でもあるんだろうか? それとも、何だろう。
「照之、朝だぞ!」
真澄は照之の部屋に入った。だが、照之は見当たらない。どこに行ったんだろう。真澄は首をかしげた。
「あれっ、照之?」
真澄はあたりを見渡した。それでも照之は見当たらない。徐々に真澄は焦ってきた。早番で早く出勤するのなら、報告するはずだ。明らかにおかしい。
「いない・・・」
真澄はクローゼットを開けた。その瞬間、真澄は絶句した。ロープをかけて首を吊っている照之がいるのだ。すでに意識がない。死んでいるようだ。
「うわああああああ!」
その声を聞いて、真理恵は1階のダイニングから照之の部屋に向かった。何か大変な事があったようだ。真澄の声で予感を察知した。
すぐに、真理恵がやって来た。
「どうしたの?」
「あれ! あれ!」
真澄はクローゼットを指さしている。何だろう。ただ事ではないのは確かだ。真理恵はクローゼットを見た。そこには、首を吊っている照之の姿がある。
「キャーーーーーーーーーーー!」
真理恵は悲鳴を上げた。とても現実の光景ではなかった。まるで悪い夢を見ているかのようだ。
「ど、どうしよう」
「照之・・・、何で自殺しちゃうんだよ」
2人とも、その場に崩れた。そして、照之の自殺が知れ渡った。
真澄はいつのまにか、涙を流していた。せっかく作って、完成したというのに。こんな事になるなんて。
「もう照之には会えない・・・」
ふと、真澄は感じた。ひょっとして、照之は現実から逃げたくて、Vtuberになったのでは? 照之の気持がちょっとわかった。
「現実から逃げたくて、Vtuberになろうとしていたのかな? 君の気持ち、ちょっとわかった気がするよ・・・」
真澄は電源を消し、自分の部屋に向かった。もう寝よう。そして、明日からの仕事に備えよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます