Reality
口羽龍
1
ここは都内の火葬場。たった今、1人の若者の火葬が終わった。若村照之(わかむらてるゆき)だ。彼は3日前に突然命を絶った。突然の出来事に、両親と兄、真澄(ますみ)は絶句したという。以前から職場でのパワハラで苦しんでいたが、まさか自殺するまでに追い込まれるとは。あまりにも残念な最期だ。もっと生きてほしかったのに。早く転職していい環境の職場に就いてほしかったのに。
「今日はありがとうございました」
父、尚之(なおゆき)はお辞儀をした。母、真理恵(まりえ)と真澄はいまだに涙が止まらない。先日まであれだけ元気だった照之が突然、この世からいなくなったのだ。
一通り終えた3人は、セダンに乗り込んだ。だが、照之の座っていた場所が空いていて、どこか空白を感じる。ここに照之が座っていたんだと感じると、あまりにも寂しく感じる。だけど、受け止めなければ。
「まさか、自殺するとは」
尚之は信じられなかった。以前からパワハラと知っていたが、まさかこんな事になるとは。
「よほど会社がつらかったんだろうね。あんな事を言われたんだもん」
真理恵はいまだに泣いていた。無念でしょうがない。今すぐにでも首を絞めたいぐらいだ。
「相談するのも怖かったんだろうな」
真澄は照之の相談に一番乗っていたそうだ。だが、相談もむなしく、こんな結果になってしまった。何もできなかった無念さでいっぱいだ。できれば、生き返らせたい。だけど、もう照之は生き返らない。
「うん」
「どうして照之がこんな目に・・・」
真澄は真理恵の肩を叩いた。いつまでも泣いていても何も始まらない。立ち直り、また頑張ろう。
「本当ね。困った事があれば相談すればよかったのに」
真理恵は思った。ちゃんとした場所に相談すれば、会社が改善すれば、自殺を防げたのでは?
「もう遅いよ。死んだんだから」
「そうね・・・」
真澄は空を見上げた。だが、照之は見えない。今頃、遠い空から3人を見ているだろうな。そう思うと、涙が出てくる。
「もっと生きてほしかった・・・」
尚之は拳を握り締めた。今すぐにでもあの会社に殴りこみたい。そして、注意したい。殴りたい。だけどそれをすると、捕まってしまう。
3人は家に帰ってきた。寂しい帰宅だ。先日まで4人だったのに、今では3人だ。4人いるのが当たり前だと思っていたのに、こんな事になるなんて。
「終わったわね」
「うん」
玄関でスリッパに履き替えると、真澄は肩を落とした。そして、泣きそうになった。もう照之はいない。
「照之・・・。もういないのか・・・」
尚之はあたりを見渡した。どこを見渡しても、照之はいない。すでに火葬を終えていて、もう墓の中だ。
「あの頃が懐かしいよ」
「自ら命を絶つなんて、信じられない・・・」
真理恵は家事に力が入らない。照之がいない虚無感をいまだに受けている。だけど、家事はしっかりしないと。
「そうだね」
と、真澄は2階の自分の部屋に向かった。1人になりたいようだ。2人は2階へ上がる真澄の後ろ姿を見ていた。
「真澄・・・」
声をかけようとする尚之を見て、真理恵は尚之の肩を叩いた。尚之は驚いた。どうしたんだろう。
「ちょっと一人にさせてあげて・・・」
「わかったわ」
よほどつらいのだろう。今は1人にしてやろう。徐々に立ち直っていくだろうから。
しばらく経って、2人は2階に向かった。真澄の様子を見に来たようだ。また明日から仕事だ。気を取り戻した仕事を頑張ってほしいものだ。
「どうしたんだい?」
尚之は真澄の部屋に入った。だが、真澄がいない。どうしたんだろう。まさか、自殺だろうか? いや、そんなはずはない。今さっき元気だっただろう。
「あれっ、真澄?」
尚之は首をかしげた。
「真澄がいない!」
真理恵は首をかしげた。と、尚之は考えた。ひょっとして、照之の部屋にいるのでは?
「どうしたの?」
「ちょっと照之の部屋、見てみようかなと」
2人は照之の部屋に入る事にした。ひょっとして、照之の残り香を求めているのでは?
2人の予想はあたりだった。その頃、真澄は照之の部屋にいた。ここで自分の時間を過ごしていたんだと感じると、懐かしく思えてくる。あの時は部屋に入れなかったっけ。だけど、照之がいなくなった今、自由に入る事ができる。
と、真澄はあるものを見つけた。ゲーミングPCだ。その周りにはいくつものモニターが並んでいる。真澄はそれを見た事がなかった。照之はこんな事をしていたんだと思うと、驚きだ。自分もパソコンを持っているが、ノートパソコンぐらいだ。
「こんな場所でインターネットしてたんだな」
と、誰かが入ってきた。両親だ。まさかここに入ってくるとは。よくここにいるのがわかったな。
「どうしたの?」
「ここでインターネットしてたんだなって」
2人は照之の部屋を見て、驚いた。こんな場所で、自分の時間を過ごしていたんだと感じると、すごいなと思った。
「ふーん。何かわかるの?」
「いや、何でも。見ようと思っただけ」
真澄はあたりを見渡した。ここに照之はいたんだな。だけど、照之はもういない。
「そうなんだ」
2人は部屋を出た。両親は照之の好きなことにあまり興味がないようだ。
その後もしばらく、真澄はここにいた。そして、ゲーミングPCをつけて、こんな感じで部屋にいたんだと思っていた。先日まで照之が使っていたこの部屋。今では真澄が使っている。
「真澄ー、ごはんよー」
突然、真理恵の声がした。夕食ができたようだ。早く1階のダイニングに向かおう。
「はーい!」
真澄は部屋の電気を消して、1階のダイニングに向かった。
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