Scene 5

 徹夜で作曲に打ち込んだのなんて久々だった。

 でも、無事に完成した。

 自分で言うのもなんだけど、先輩の曲に負けないくらいの傑作だと思う。それくらい自信があった。

 今回は特別に、ワンコーラスだけ自分で歌詞も書いてある。作詞は初めてで、たぶん酷く稚拙なものだろうけど、今の俺には会心の出来にしか見えなかった。

 スマホからレンタルスタジオの予約を取る。

 後はミナトの前で演奏するだけだ。

 閉じそうになる瞼を気合で開いて、ギターをバッグに入れて背負う。

 ミナトへのメッセージを入力しながら俺は玄関の扉を開いた。


 予約した時間通りにスタジオへ入って、ギターとアンプの調整を行っていると、静かに扉が開かれた。

 怯えたような眼をしたミナトが中へ入ってくる。


「昨日は、ゴメン……」


 俺が謝っても、顔を伏せられるだけだった。

 胸がチクリと痛む。

 ちゃんと仲直りができるか不安で、怖くて、足がガクガクと震えだす。

 ふと、ミナトの目元が赤く腫れあがっているのに気がついた。

 もしかして昨日は一晩中泣いていたのだろうか。そう思うと、どうしようもなく気持ちが昂ってくる。


「新曲、完成したから、聞いてほしくて」


 飛び出しそうな心臓を抑える。

 ミナトは目を合わせようとはしてくれないけれど、小さく頷いてはくれた。

 深呼吸をしてから、ギターを構える。

 そうして俺は、たぶんミナトの前では初めての、弾き語りを披露した。


「――えっ……?」


 俺が歌いだしたことでミナトが目を丸くした。

 弦を押さえる指は、いつも以上に力が入って先が白んでいる。

 ピックで弾く弦の振動が鮮明に身体へと伝わってくる。

 慣れない弾き語りに音を外そうが、あまりの緊張に声が裏返ろうが、構うことなく続けた。


 ミナトの歌声にギターを合わせるのが、どれだけ楽しかったか。

 俺の曲を好きと言ってもらえて、どれだけ嬉しかったか。

 その全ての想いを、歌声に、ギターの音に、できる限り詰め込んだ。


 全身全霊でワンコーラスを歌い切り、演奏を止める。

 肩で呼吸をしながら、呆然としているミナトの前に立った。


「悪い。これ、見ちゃった」


 そう言って、昨日拾ったクリアファイルを差し出した。

 ルーズリーフに羅列された甘い言葉の下には『ソウジが好き』と書かれてある。


「先に知った上で、こんなことするなんてダサいとは思う。でも、これを見て気持ちが抑えられなくなってしまった」


 ここまでできた原動力は、間違いなくミナトへの好意だ。

 それを俺は真っ直ぐに伝えたい。


「好きだ、ミナト」


 途中からまた俯いてしまっていたミナト。顔を上げてはくれなかった。

 沈黙に胸を締め付けられる。


「失望したのなら……先輩でなくとも、ほかの人と組んでもらって構わない」


 ずっと無反応のミナトに居た堪れず、余計な言葉を付け加えてしまった。

 声はか細くて潤んでいるし、メチャクチャ情けないな、俺。

 最後くらい格好良く決められないのかよ。


「……るいよ」

「え……?」

「こんなのずるいよ、ソウジ……!」


 突然、ミナトが大粒の涙を流し始めた。

 状況が飲み込めず狼狽えてしまう。


「なんで……いつも私のこと、夢中にさせてくるの。高校の時からずっとそうだった! 学園祭でソウジのバンドを見て、好きになった。大学生になって、自分でもやってみたいと思って、迷って……悩んで、それでも軽音サークルに入ったら、ソウジが居たんだよ。運命だって思った!」


 ミナトが嗚咽混じりになりながら、堰を切ったように言葉を溢れさせる。

 知らなかった。ミナトが高校の頃から俺を見ていただなんて。

 学校で演奏したことなんて、二年と三年の頃の学園祭での二回くらいだ。印象に残っている人なんて、いないと思っていた。

 まさかロクに話したこともなかったミナトがそうだったとは、考えたこともなかった。


「一緒にバンドやってこれて……楽しくて、大好きだよ……!」


 最後は壁にもたれかかって、俺と目を合わせたミナトがそう言った。

 全てを吐き出したのか、そこで力が抜けたように蹲った。


「……ミナト」


 掛ける言葉なんて見つからない。それでも俺はミナトの隣へしゃがみ込んだ。

 隣から聞こえる咽び声が愛しくなって、何も言わず、手を重ねる。

 しばらくそうしていると、いつの間にかミナトの息は安心を感じるものに変わっていた。


「ゴメンね。取り乱しちゃって」

「もう落ち着いた……?」

「うん」


 真っ赤になったミナトの目が、俺に向けて細められる。


「さっきの話、一度忘れてもらっていい?」

「えっ……?」

「そんな悲しそうな顔しないでよ。ちゃんと歌詞にして伝えたいだけだから!」


 ミナトがニカッと笑った。

 いつもと何も変わらない表情に安心感を覚える。

 まだ一緒に居たかったけど、スタジオの時間ということもあり、今日のところは解散することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る