Scene 4
解散の連絡がいつ来るかに怯えながら、数日が経った。連絡は、まだない。
予定通り今日は、スタジオを借りて、ミナトと二人で練習をしていた。
ただの練習でこんなに息が詰まるのなんて初めてだ。
ミナトと二人きりなのが、余計にそうさせるのかもしれない。
「今日、ミス多いね。体調まだ戻ってない? 無理しないでね」
休憩中にそう言われてしまった。
心配そうに眉を下げるその表情の裏で、どうせ解散を伝える機会を窺っているんだろうと斜に構えてしまう。そんな自分が憎くてたまらない。
こんな俺だから、愛想を尽かされても当然なのかもしれない。
でも今は、こうして一緒に練習をしてくれている。つまり、ミナトを引き留めるチャンスが、きっとまだあるはずだ。
そうやって無理に希望を見出して、立ち上がった。
「平気だから、大丈夫」
「新曲もまだみたいだし、思い詰めたりしていない? ほんとに大丈夫?」
顔を覗き込まれるので、咄嗟に笑顔を作る。
「作曲はもうちょっと、満足できるまで詰めたいだけだから」
ウソをついて、罪悪感を覚えた。
でもそれ以上に、先輩の曲と比べられるのが怖かった。
俺の曲を聞かせてしまえば、ミナトは先輩のほうへなびいてしまう。そんな気がした。
「なら、いいんだけど……。あっ、そうだ! どうしてもって言うなら、歌詞のアイデア、ソウジにちょっと見せちゃおっかな~」
リュックからクリアファイルを取り出し、さらにその中から一枚のルーズリーフを出す。
紙に目を落としたミナトは、それから俺の顔と自分の手元を交互に見た。
見せるようかどうか迷っているみたいだ。
「あー……、やっぱこれは見せらんないや」
苦笑したミナトが、ルーズリーフをファイルに戻す。
知ってるよ。だってそれは、先輩の曲に付けるための詩なんだもんね。
そう思った瞬間、心の中で何かが崩れ落ちる音がした。
「……もういいよ」
「えっ?」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
そのことで思い留まれれば、どれだけ良かったことか。
一度溢れ出した感情は、抑えがきかず、絶え間なく零れていく。
「バンド、解散しよう」
「急にどうしたの……? あ……催促がしつこかった? ゴメン、それなら、大学祭に間に合わせなくてもいいからさ……」
しおらしくなるミナトが、俺の心を逆撫でしてくるようだ。
くだらない芝居は止めてほしい。
内心では、自分から切り出さなくて済んで、ホッとしていうんだろ?
どうして……そんなに泣きそうな顔をしているんだ。
「だって先輩のバンドで詩を書きたいんだよね。好きにすればいいじゃん」
こんなの、拗ねている子供じゃないか。
頭では分かっているのに、どうしても止められない。
惨めに不満をぶちまけている自分の姿を、背後から眺めるようだった。
「ソウジ……それ、どこで知ったの……? 違うよ。確かに先輩の曲の詩を書くって約束はしたけど、それは……」
「自分の詩で歌が歌えるなら、誰の曲だって良かったんだろ!」
冷酷な言葉が、他人の声のように耳で響く。
違う。俺がミナトに言いたいことは、そんなことじゃないハズだ。
「バカッ――!」
突然、顔面に電気が走った。頬が燃えるように熱くなる。
何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
ビンタされた……ミナトに。
痛む頬に手を当てながら、目に入ってきたのは、ぽろぽろと落ちていくミナトの涙だった。
それで、頭に上っていた血がサッと引いていく。
「ミナト……」
「ごめんなさい……今日は、もう帰るね……」
ミナトが出ていく扉に手を伸ばす。
今さら冷静になっても、後の祭りだ。
泣かせてしまった。あの涙が演技なワケがない。
全部俺の勘違いだった……?
追いかけようとするけど、よろめいて真っ直ぐ歩くことができない。
何かに足を取られて転んでしまう。
「痛い……」
踏んづけてしまった物を手にして、立ち上げる。
さっきミナトが見せようとしていたクリアファイルだ。
一番上のルーズリーフには『新曲歌詞アイデア』と大きく書かれている。
何が書かれているんだろう。気になって目を通していく。
紙にはラブソングらしい詩が並べられていた。何も知らずに見れば、ラブレターと勘違いしてしまいそうだ。
食い入るようにして、一番下まで読み切った頃には、ルーズリーフがクシャクシャになっていた。
自分でも気づかないうちに、手に力がこもってしまっていたようだ。
その手が何かに導かれるように、スマホで新曲を再生しだした。
「こんなんじゃダメだ」
ポツリと呟く。
作り直さなきゃいけない。
もっとこの気持ちが乗せられるように。俺の気持ちをミナトに届けるために。
気がつけば、俺は衝動のままにスタジオを飛び出していた。
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