17.混乱する心

 クラリッサ・アーウェンもロサリンド・ダンスベルも父親に甘やかされた娘だ。

 可愛がるばかりで、躾や行いを矯めることを疎かにしてきたのだろう。

 それが周りを巻き込んで、自分のいいように物事を運ぶ癖をつけたのだ。

 もちろんその根本には、持って生まれた特性が大きかった。

 身勝手で自分本位な、自分は正しいと信じて疑わない邪悪さが。


 幽閉塔のロサリンド・ダンスベルは三日の間、食事をとらなかった。

 食事は木製のトレイにパンと木製のスープボウルに入った具のないスープのみだった。危険を避けるため、他のカトラリーは添えられなかった。

 いかにも粗末なものなので貴族育ちのロサリンドには、食事と映らなかったのだ。自分が欲するものではないので、認識しなかった。

 三日経つと、耐えがたい空腹から食事に気づいた。ロサリンドが初めて覚えた空腹だった。

 粗末な食事をロサリンドが平らげた頃、そろそろ正気が身をもたげてきた。


 まだ足りないわ。こんなものがわけじゃない。

 

 って何?


 自分はなぜこんなところにいるのだろう?

 そうだ。エリーズ・エルムフットを殺し損ねたのだ。唆した者達は逃げてしまった。

 みんな私の味方だったのに、

 このままでは全ての責任を自分が負うことになる。


 クラリッサ・アーウェン?ローズ・リン?

 そんなものはどうでもいい。


 マリーズは私を裏切ってエリーズを選んだ。すべてエリーズがいるせいだ。


 この期に及んでも自分の執着から逃れられず、自分の罪を認められないロサリンドなのだ。


 ロサリンドが王宮の幽閉塔に封じられたと告げられたダンスベル男爵は、保身に走った。娘ロサリンドをダンスベル男爵家の籍から抜く手続きを願い出た。しかしそれは却下された。

 ダンスベル男爵も、娘を甘やかしたその報いを受けなくてはならないのだ。


 ロサリンド・ダンスベルが幽閉塔に封じられて一か月後、王室は彼女を正式に裁判にかけることを決定した。


「ダンスベル男爵家の娘ロサリンドは『自分はクラリッサ・アーウェンの生まれ変わりだ。前世はレオンハルト王子と共に来世を誓って死んだ』と主張し、そのレオンハルト王子はエヴァーグリーン侯爵令息のマリーズであると思いこんだ。それ故に、エルムフット侯爵家令嬢のエリーズの物品を多数盗んだ罪。その罪を認めないためにクーリッジ監獄の幽閉塔に留め置かれたが、そこから脱獄した罪。下町の人々を唆し、公共の広場の舞台に絞首台を設置し、エリーズ・エルムフットを誘拐し、公開処刑を行おうとした罪」

 と公表された。


 王宮の幽閉塔の環境と待遇は、クーリッジ監獄の幽閉塔とは比べ物にならない。食事は日に二度のパンとスープ。部屋には藁の詰まったマットレスのみ。灯りはは食事を差し入れる小窓のすき間から、ほんの少し漏れるだけ。


 裁判には、エリーズ・エルムフット、マリーズ・エヴァーグリーン、ダンスベル男爵夫妻、その他ローズ・リンこと下町に潜伏したロサリンド・ダンスベルをかくまった者達が召喚された。


 一か月に及ぶ幽閉塔での生活で、汚れすっかり窶れ容色の衰えたロサリンド・ダンスベルは、厳重な警備体制の中で王妃の元から女性近衛が派遣され、彼女らによって身繕いが行われた。

 手枷に足枷、その上に顔を洗う時以外は口枷が着けられた。素早く顔を洗われる間も、ロサリンド・ダンスベルはどうにか味方を探そうと喋り続けたが、女性近衛は身分がある者達であるせいか、または衰えた容色のせいか、誰もそのに心を動かされなかった。


 貴族社会の中ではロサリンド・ダンスベルはあまり重きをおかれない、軽い身分の者だった。そしてクラリッサ・アーウェンに触発された身勝手な言動と、他人の存在を疎かにしていたために、友と呼べる者は皆無であり、また彼女を気に掛ける者は身内だけだった。


 ロサリンド・ダンスベルは女囚の着る粗末なドレス姿で、裁判の場に引き出された。


 裁判官が罪状を読み上げる間、彼女の口枷は外されなかった。

「以上、何か異議はありますか?」

 裁判官が尋ねると、ようやく彼女の口枷が外された。


「全部嘘よ!!」

 ロサリンド・ダンスベルは叫んだ。

「マリーズ・エヴァーグリーンは私の前世からの運命の恋人なの!それをエリーズ・エルムフットが奪ったの!罪人は私じゃないわ!エリーズ・エルムフットよ!!」

 裁判官は落ち着き払って尋ねた。

「おや、あなたの、クラリッサ・アーウェンの恋人はレオンハルト王子ではないのですか?」

「そうよ。マリーズはその生まれ変わりなの!」

「おかしいですね」

 裁判官は言った。

「では三十八年前にレオンハルト王太子に起こった事件を読み上げましょう」

 ロサリンドに再び口枷が着けられた。ロサリンドはもがこうとしたが、椅子に拘束され、両側と後ろを女性近衛に押さえつけられていたため、何もできない。


「クラリッサ・アーウェンは三十八年前に、現国王レオンハルト陛下に片恋をしたが、自分と恋人同士だと吹聴したために一度王室の催しに禁足を言い渡され療養を命じられた。一年後、現王妃であるアリエノール殿下の歓迎の催しには、病は平癒したとのことで禁足を解かれたが、アリエノール王妃殿下の物品を次々と盗み、再び領地への謹慎を命じられた。しかし、王家の狩場の森に潜み、遠乗りの際に雇ったならず者達にレオンハルト王太子とアリエノール王女を供と引き離させて、短剣でレオンハルト王太子の命を狙った。アリエノール王女が庇い、背中に重傷を負った。クラリッサ・アーウェンは駆け付けた警備にその場で斬り殺された。結果、アーウェン男爵家は取り潰しとなった」

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