14.所在不明の心
エリーズは一旦マリーズに送られて、エルムフット家に戻った。
その日は疲れ切っているという言い訳で、警備隊からの事情聴取の要請を断った。警備隊はあれだけのことに巻き込まれたエリーズに同情して、翌日に出頭願えないかと言いおいて帰って行った。
エリーズはできれば時間を稼ぎたかった。
もしロサリンド・ダンスベルが多少の正気を取り戻したならば、今般の事件に関わった主な者達のことはあっさり吐くだろう。そしてお得意の悲劇のヒロインのポーズで、自分の責任逃れをするに違いない。
エリーズはロサリンド・ダンスベルに騙されて、自分を絞首刑にしようとした主なメンバーに哀れみをかけるつもりはなかった。騙されていたとは言え、人を殺そうとした計画に関わったのだ。
しかし、それを見ていた多くの群衆は少し違う。
あれはロサリンド・ダンスベルによって引き起こされた、一種の
ロサリンド・ダンスベルの不気味で奇妙な魅力で、一時的な熱狂の虜になったのだ。
また、あれだけ多くの人々を一人の貴族のために処罰するとなると、国政への反発は免れないだろう
特にエイコン団だった少年達に、類が及ぶのは避けたい。
どうかこの隙に、それぞれの生活に戻って欲しかった。
警備隊の追求から逃れて欲しかった。
翌日、早々にエリーズは両親とマリーズに付き添われて、警備隊の所属する庁舎へ赴いた。
まずはロサリンド・ダンスベルの様子を聞くと、未だ正気に返らず、クラリッサ・アーウェンとロサリンド・ダンスベルとローズ・リンの間を行きつ戻りつしていた。そして
「自分は悪くない。被害者だ。すべてエリーズ・エルムフットが悪いのだ」
という内容を、切れ切れに呟いていると言う。
エリーズは自分の知っていることのみを話した。
孤児院への慰問の途中で、突然馬車が襲われたこと。広場の舞台の絞首台の下に引きずり上げられ、跪かされて罪状を読み上げられたこと。ロサリンド・ダンスベルが群衆を扇動していたこと。
誰が自分を馬車ごと攫って行ったのか、ロサリンドに手を貸したものは誰なのかはわからないこと。
確かにそれは事実だった。
エリーズには誰が誰なのか、全くわからない。エイコン団だった少年達にも初めて会ったのだ。
警備隊はエイコン団だった少年達について尋ねてきたが、エリーズは言った。
「あの少年達は、ロサリンド・ダンスベルの被害者です。まだ世間のこともよくわからない子供達を唆して、わたくしを呼んだだけです。わたくしがどんな目に遭わされるのかすら、知らされていなかったでしょう」
エイコン団だった少年達は昨日のうちに聴取を受け、今は庁舎の地下にある収監所に入っていると言う。
少年達は
「ローズ・リンに頼まれて、エリーズ・エルムフットを呼び出した。まさかあんなことになるとは思わなかった」
と怯え震えていたそうだ。
「どうか少年達には寛大な処置をお願い致します」
エリーズは頼み込んだ。
警備隊は下町で聞き込みをしていたが、あまり情報は得られていなかった。
集まった群衆は多かったが、多かったが故になかなか調べが進まないのだ。
人々はだいたい口を揃えていた。
「あそこで何か起こると言うので見に行った。お貴族様を殺そうとしていたなんて知らなかった」
責任逃れも多いだろうが、それでいい。エリーズは思った。
ただ、ロサリンド・ダンスベルがローズ・リンとして潜伏していた酒場は制圧された。
酒場の主人は言った。
「俺達はローズ・リンの皮を被った女に騙されていたんだ」
それも事実だった。
しかしそれでも、何らかの処罰は免れないだろう。
そしてその日、王室も動いた。
元はと言えば王室を巻き込んだ騒動が発端であるし、ロサリンド・ダンスベルを甘く見過ぎていた。
ロサリンド・ダンスベルは正気に戻らないまま、王宮の警備兵が連行し、一時王宮の管理する幽閉塔に封じられた。その幽閉塔は実際に高い塔にあり、扉が封じられると食事などが差し入れられる小窓しかない。そこでロサリンド・ダンスベルは手足に鎖を着けられて、誰とも接触させられずにしばらく過ごすことになっている。
ロサリンド・ダンスベルを処刑することは簡単だ。
しかし、狂気の中で三人の人格を行きつ戻りつしてる彼女を今処刑したら、再び転生して悪意を振り撒くのではないかという懸念があった。
全ての禍根を断つためにはロサリンド・ダンスベルは、真にロサリンド・ダンスベルとして処罰を受けるべきなのだ。
おそらくクラリッサ・アーウェンもロサリンド・ダンスベルも、根が邪悪で自分勝手なのだろう。
受け入れられないことには心を封じ、自分の都合のいいように捻じ曲げる。
「どうにも救いようがありませんね」
アリエノール王妃が呟く。レオンハルト国王が唸る。
「転生なんて荒唐無稽な話ですのに、その前世の記憶を捻じ曲げて今世で行動するなんて…」
アリエノール王妃は、過日のお茶会で手袋を脱がされたあの衝撃をまざまざと思い出し、身震いした。あの邪気のない笑顔。本当に自分のものだと思って疑わないあの笑顔に、あの日のアリエノール王妃は思わず悲鳴を上げたのだ。
不気味極まりなかった。
「ともかく今般の事件は、事を一切伏せることなく、全てを詳らかに発表すべきだ」
国王は決断した。
ロサリンド・ダンスベルはどの道処刑となるが、今はまだその時ではなかった。
幽閉塔の中で、狂気に支配された十六歳の少女は叫び続けている。
自分は「悲劇のヒロイン」なのだと。
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