13.絞首台の下で
「いい加減にしなさい!」
ロサリンド・ダンスベルの頬を打ったエリーズ・エルムフットは、凛としたよく響く声で言った。
「いつまで前世を引きずるつもりなの?わたくし達は今を、現実を生きているのよ。あなたはクラリッサ・アーウェンではなく、ロサリンド・ダンスベルよ。いい加減、夢から覚めなさい」
ロサリンドは一瞬あっけにとられた。しかしすぐに立ち直って言った。
「私の夢をばかにしないで!いいえ、夢なんかじゃないわ。私はマリーズと前世で誓い合った運命の恋人なのよ!!」
最後の言葉は絶叫に近かった。
「みんな私の味方なのよ。可哀想な私の味方なの!前世でも今世でも引き裂かれた恋を応援してくれているの!」
そして群衆に向かって叫んだ。
「そうでしょう!?誰もこの女より私を信じるでしょう?可哀想な私を!!」
群衆はあっけにとられていた。
「あなたの味方なんて、ここにはいないわ。そこにいるエイコン団はあなたを憎んでいるわ。私に協力してあなたをおびき出してくれたのよ」
エリーズはロサリンドの指さした方を見た。そこには怯えた目の十五人の少年が固まっていた。
ローズ・リンに騙されて唆されて、エリーズを呼び出すことに加担したが、今ではすっかり変わってしまったロサリンドに怯え切っていた。
「あなたた達はこのロサリンドに何をさせられたか、わかっていらっしゃる?盗みとスリをはたらかされたのよ?それはいいこと?あなた達を結果的に親御さんと引き離してしまったことは申し訳ないと思っています。でもね」
エリーズはきっぱり告げた。
「あなた達を搾取する親との生活と、今の生活、どちらを選ぶの!?」
エイコン団の少年達は、以前のように親に殴られながらきつい煙突掃除をし、それでも足りないとスリや盗みをはたらくが、満足に食べることもできなかった生活と比べ、衣食住が満ち足りて教育を受けられる、今の孤児院での生活が快適だった。その事実をつきつけられて、動揺した。
孤児院に訪れて、優しい言葉で語りかけたローズ・リンを思い出した。
エイコン団だった時、金払いのいい、しかし自分達の方を見ようともしなかった高慢な男爵令嬢だった、ロサリンド・ダンスベルのことも思い出した。
優しいローズ・リン?
果たして本当に自分達に優しかったか?少年達は今更ながら思った。
ローズ・リンは言った。
「可哀想に。お父様やお母様から引き離されて。全てエリーズ・エルムフットが仕組んだのよ。エリーズ・エルムフットのせいなの」
親から引き離された自分達は、本当に可哀想だったのか?
そしてローズ・リンになる前のロサリンド・ダンスベルを、「鼻持ちならないお貴族様」と思っていたことを、今更ながら思い出した。
今その女は、自分達を味方だと言い、貴族を攫った手引きと、貴族殺しの罪に落とそうとしているではないか。
「さあ、選びなさい。わたくしは今すぐ孤児院に戻ることをおすすめします。早く逃げないと警備隊に捕まってしまうわ」
そして動揺し始めた群衆にも向かって言った。
「あなた達もよ。わたくしは侯爵令嬢です。侯爵令嬢を拉致し、絞首刑にしようとしたことに加担した者がどうなるか、おわかりのはずです。早くこの場からお逃げになって。あなた達は何も知らなかったのよ」
エリーズは強調した。
「ここで何が起こるか知らなかった。何かがあると聞いて集まっただけ。そして誰がわたくしを攫ったかも知らなかったの。さあ、早く逃げて」
真っ赤なドレスで着飾った、わけのわからない事を叫び散らす女。対して慎ましやかな質素な服装の侯爵令嬢。
自分達を貴族殺しの同罪に落とそうとする女と、自分達を庇って逃げろと言う少女。
群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それを見たロザリンドは絶叫した。
「どうして!?私は正しいのよ!!悪いのはこの女なのよ!!」
エリーズは静かな声で言った。
「まだ目が覚めないの?あなたのやったことは何一つ正しくないのよ。前世なんてあやふやなものに捉えられて、あなたがやったことは犯罪でしかないわ」
ロサリンドはまだ抵抗した。
「だって前世から約束された運命の恋なのよ!!私は運命の恋を叶えるために生まれてきたの!!」
「いい加減、目を覚ましないさいと言ったはずよ」
エリーズが言う。
「前世のあなたの片恋の相手は生きているわ。マリーズはレオンハルト王子ではないの。たとえそうだったとしても、今はマリーズ・エヴァーグリーンなのよ」
「そうだ。私はマリーズ・エヴァーグリーンだ。私の愛する人はエリーズ・エルムフットだ」
マリーズはエリーズの肩を抱いて告げた。
「あなたは私の前世からの運命の恋人なのよ!!」
涙を流しながら、ロサリンドは絶叫する。
「クラリッサ・アーウェンは三十八年前に死んだわ。レオンハルト王子を殺そうとして斬り殺された」
エリーズが現実を突きつける。
「嘘よ!私達は来世で結ばれる約束をして、共に死んだのよ!!」
ロサリンドが自分の欲望に縋る。
「目を覚ましなさい。クラリッサ・アーウェンは一人で死んだの!罪人として殺されたのよ!」
エリーズの容赦ない言葉に、ロサリンドは絶叫し頽れた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
そこへ警備隊が到着した。
その場に頽れたロサリンドを、警備隊が拘束して連れ去った。
晴れていた空が少し曇り、ぽつんぽつんと雨粒が落ちてきた。
天気雨だ。
クラリッサ・アーウェン、ロサリンド・ダンスベル、ローズ・リン。
その狭間で狂気に落ちた少女の心のようだった。
エリーズとマリーズは、絶叫し続ける少女の後ろ姿を見送りながら、なんとも言い難い感情を噛み締めてお互いの体温だけをよすがに、固く抱きしめ合った。た。
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