12.断罪という茶番劇

 エリーズ達の乗った馬車は、町の中央広場へ連れてこられた。そこには休日やフェアなどの催し物の際に、旅芸人や役者が使う舞台があった。エリーズは馬車から引き出されて舞台へ引きずり上げられた。供をしていたメイド二人は必死にエリーズを守ろうとしたが、あっけなく男達に制圧されて引き出された。


 エリーズが驚いたのは、その舞台に絞首台が設けられていたことだ。

 その下にロサリンド・ダンスベルがいた。

 ロサリンド・ダンスベルは庶民の服を脱ぎ捨てて、まるで夜会に行くような装いだった。金髪に近い明るい茶色の髪には派手すぎる、真っ赤なドレスだった。デコルテの開いたポロネーズ・ドレスで、フリルが何重にも重ねられ、午前の微風に揺れている。髪は高々と結い上げられて、たくさんの赤いリボンが蝶々の群れのように踊っている。


 比べてエリーズの服装は慎ましやかだった。

 孤児院の慰問も兼ねていたので、上衣はハイネックの白、スカートは灰色の飾り気のない木綿のドレスに、白いエプロンを着けていた。髪は飾り気のないモブキャップの中にまとめられている。


 エリーズは男達に引きずられ、ロサリンドの前に跪かされた。


「エリーズ・エルムフット、罪状を読み上げる!」

 一人の男が巻きものを持って、群衆とエリーズに向かって叫んだ。


「ロサリンド・ダンスベルの運命の恋人を、身分を笠に着て奪った罪!」

 群衆が答えるように叫ぶ。

「濡れ衣を着せて、無実のロサリンド・ダンスベルをクーリッジ監獄の幽閉塔に封じた罪!」

 罪状を読み上げる男の声が少し小さくなった。男の心は揺れていた。

「これらのことで、ロサリンド・ダンスベルを貶め、貴族社会から追放せんと目論んだ」

 そうだ。ローズ・リン、いやロサリンド・ダンスベルは貴族なのだ。ここでエリーズ・エルムフットを断罪してどうするつもりなのか。貴族社会へ帰るつもりなのだろうか。

 突然、男の心の中に疑問が交錯した。


 派手派手しく着飾ったロサリンド・ダンスベルは

「マリーズ様は赤が好きなの。私には赤が似合うって、いつも赤いドレスを贈ってくれたのよ」

 と言って、仕立て屋にこのドレスを作らせたのだ。その時、護衛の一人として付き添ったのは以前下級文官だったが、酒とギャンブルで身を持ち崩したこの男だった。

 仕立てたドレスに支払った金額は、五人家族が一年食べられる額だった。


 そのことを思い出し、またエリーズ・エルムフットの慎ましやかな様子に、今まで信じてきたロサリンド・ダンスベルへ僅かな疑いが生じ始めたのだ。


「よって、エリーズ・エルムフットを正義の名の下に処刑する」

 最期の宣言は弱弱しかった。


 と、群衆が一部崩れだした。馬のいななきと蹄の音が響き、群衆をかき分けてきた者がいた。

 馬にはマリーズが乗っていた。

 マリーズは舞台の下で馬を止めると、馬の背に乗りそこから舞台へ飛んできた。

「マリーズ様!お会いしとうございました!やっぱり私の元へきてくださったのね!」

 ロサリンドは嬉しそうに叫んで、マリーズの方に走り出し抱きつこうとした。しかし、マリーズは片腕でロサリンドを払い除け、男達に捕まって跪かされているエリーズを奪い取り抱きしめた。ロサリンドはその場に倒れてしまっていた。


 すぐにロサリンドは立ち上がった。そしてマリーズに向かって

「あなたは私の前世からの運命の恋人なんです!恋人だったのに引き裂かれてしまったんです!だから、その女に縛られずに、私を選んでいいんです!」

 ロサリンドは、あの夜会と同じことを叫んだ。マリーズはエリーズを抱きしめたまま、落ち着き払って告げた。


「私は君の運命の恋人なんかじゃない。私の運命の恋人は、このエリーズだ」

 そしてなおも重ねた。

「君は私にとって、薄汚い泥棒に過ぎない。エリーズの物を次々と奪い、私からエリーズを奪おうと目論み、エリーズの尊厳も奪おうとしている」


 広場はざわついた。


「嘘よ!泥棒はエリーズよ!エリーズが私からなにもかもを奪おうとしたのよ!」

「エリーズは君から何を奪ったというんだ」

 マリーズが問う。

「あなたよ!運命の恋人、前世からの運命の恋人のあなたを奪おうとしたわ!」

 マリーズは落ち着き払って言った。

「君の前世の恋人は、レオンハルト王子だったじゃないか」

 途端にロサリンドは、かっと目を見開いて顔を上げた。天を仰ぎ叫んだ。


「私のレオンハルト様!!」


 群衆はざわめきだした。

 レオンハルト王子?マリーズ・エヴァーグリーンではなく?


 そして、ローズ・リンだったはずのこの少女の変貌ぶりに驚いた。


 このエリーズ処刑計画を立てた時、ローズ・リンはさも恐ろしいと言わんばかりに震え

「まさか本当に絞首刑にしないわよね?」

 と言った。それに

「脅すだけだよ。恐れをなして君にマリーズ・エヴァーグリーンを返すと言わせるんだ」

 と笑ったものだ。


 あの健気で可愛らしいローズ・リンはどこへ行った?

 ローズ・リンいやロサリンド・ダンスベルの前世からの運命の恋人のはずのマリーズは、エリーズをひしと抱きしめている。


「吊るせ!!」

 突然ロサリンドが叫んだ。

「その女を吊るせ!!恋を盗んだその女を殺せ!!」

 健気で可哀想なローズ・リンは消え去り、そこにはけばけばしい毒婦が、いたいけな少女の命を奪えと叫んでいる。

「アリエノールに呪いを!!いや、エリーズよ!呪われろ!!私達は運命の恋人同士なのよ!!」

 支離滅裂なことを叫ぶこの女は何者なのだろう?


 群衆が怯え始めたその時、エリーズが動いた。


 エリーズはマリーズの腕の中から進み出て、ロサリンドの頬を打った。

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