10.誑かされる者達
ダンスベル男爵家は取り潰しはまのがれた。全てがロサリンド・ダンスベルの狂気による独断だったためと、また被害が窃盗のみだったからだ。領地の一部が没収され、エリーズ・エルムフットへ賠償金を支払うにとどまったのだ。
ダンスベル男爵やその妻の証言によると、ロサリンド・ダンスベルがマリーズ・エヴァーグリーンに執着を見せ始めたのは十二歳の頃だった。
その年、ロサリンド・ダンスベルの婚約が内定した。
するとロサリンド・ダンスベルは
「この人は私の運命の人じゃないわ」
と頑なにいやがった。
では「運命の人」とは誰なのかと問うと、マリーズ・エヴァーグリーンだと言う。相手は侯爵家だ。どこで出会ったのかと問えば
「前世から決まっていたの。マリーズは私の前世からの運命の恋人なの」
と言い張る。
おかしなことをと思ったダンスベル男爵が、
「そんな夢物語ではなく、お前はマリーズ・エヴァーグリーン侯爵令息とどこで知り合ったのだ?」
と問い詰めた。するとロサリンド・ダンスベルは
「今世では先月の秋のフェアで会ったのよ。一目で私の運命の恋人レオンハルト様だとわかったわ。お父様、マリーズと婚約させて」
と言うのだ。よくよく話を聞いても要領を得ない。話したこともないが、
「私達は前世からの運命の恋人なの。マリーズの瞳もそう言っていたわ」
などと、荒唐無稽な話をするばかりだった。
ダンスベル男爵はそれ以上取り合わずに、婚約をすすめた。
一介の男爵家の娘が、侯爵家との縁組を望むなどできない相談だった。それにマリーズ・エバーグリーンは、同じく侯爵家のエリーズ・エルムフットと婚約をしていることはよく知られていた。
さて、幽閉塔に封じられたロサリンド・ダンスベルは十日に一度、扉越しに医師の質問がなされた。
自分は誰であるか、なぜここにいるのかなどが問われた。
ロサリンド・ダンスベルは一度目の質問では、自分はクラリッサ・アーウェンであり禁断の恋を邪魔されたのだと断言した。
二度目はそれが揺らいだように思われた。
「私はロサリンド・ダンスベル。私は私の物を取り戻そうとしただけです」
まだ言っていることがおかしいので、医師が
「レオンハルト殿下が心配されていた」
とかまをかけると、あっと言う間にクラリッサ・アーウェンそのものに戻り
「レオンハルト様にお伝えして!私はアリエノールにはめられたと!」
「エリーズ・エルムフットが私のマリーズを盗んだ!」
「私達は前世からの運命の恋人なのよ!」
などと叫んだ。
ロサリンド・ダンスベルは自分の狂気の中に未だ留まっていたが、事件は全て収束した。そう思われた。
しかしたった一か月で、安寧は終わった。
ロサリンド・ダンスベルが、クーリッジ監獄の幽閉塔から脱獄したのだ。
クーリッジ監獄の刑務司長が、十五歳の若さで幽閉塔に封じられたロサリンド・ダンスベルに同情して、独断で恩恵を与えていた。
幽閉塔の部屋の扉は分厚く、厳重に施錠されていた。扉の下の方に外から食事などを差し入れる小さな扉があったが、それも中からは開かない。
ロサリンド・ダンスベルは一日おきに、幽閉塔の部屋を移動させられることになっていた。部屋の掃除と寝具の取り換えなどの、衛生面のためだ。移動の前に体を清めるための桶一杯の水と、下着と服が差し入れられる。その半時間後に、隣の部屋への移動が行われる。
その際ロサリンドは手枷と腰紐に加え、口枷と目隠しをされ、誰とも接触しないように厳重に言い渡されていた。
しかし刑務司長はそれを守らなかった。
手枷と腰紐はつけたが、口枷と目隠しはつけなかった。
ロサリンドは気さくに刑務官に話しかけ、少しずつその不気味な魅力を発揮した。
彼女は話の端々に、巧妙に自分の悲劇を混ぜ込んだ。
「エリーズ・エルムフットに恋人を奪われた」
「自分は男爵の娘だから侯爵令嬢には逆らえず、ここに幽閉されることになった」
などと、いかにも弱者であると弱弱しく泣きながら訴えた。
そして
「たった一度でいいの。マリーズ様に会ってお別れを言いたい」
と嘆いた。
「門に赤い布を結べば、その夜にマリーズ様が来てくれるお約束をしているの。その夜に、私を門まで連れて行ってくださればいいの。どうか一度だけ。一度だけお願い」
と訴えた。
刑務司長を始め、一部の刑務官を篭絡するまでたった一か月だった。
ロサリンド・ダンスベルの悲劇を信じた者は、それを実行してしまった。
するとそこに現れたのは、マリーズ・エヴァーグリーンではなく、街のごろつき達だった。
すっかり油断していた刑務官達は、あっという間に倒され門は破られ、ロサリンド・ダンスベルは脱獄を果たした。
ロサリンド・ダンスベル、いやクラリッサ・アーウェンは前世での失敗を糧に、用意周到に準備していたのだ。
前世のように共に命を絶つなどという愚行は犯さない。今度は二度も恋人を盗んだ女に、復讐を!そして今度こそ愛する人と手に手を取り合って逃げて、幸せになるのだ。
彼女の中では今世のロサリンド・ダンスベルと前世のクラリッサ・アーウェンが入り混じり、一体化していた。
彼女は前もってそのための逃走準備をしていた。
深層意識の中で彼女は、自分の罪を自覚しており、いずれ囚われるか領地や修道院に送られることを察知していた。
ダンスベルの祖母に、自分がいる場所に赤い布が巻かれたら、前もって雇っていた街のごろつき集団に連絡して欲しい。そして報酬をたっぷり支払って欲しい。そうすれば自分は幸せになれるのだと頼み込んでいた。
孫に甘い祖母は、ロサリンド・ダンスベルが幽閉されたことに身も世もなく嘆き悲しんでいたので、一も二もなくそれに飛びついた。
その知らせを受けて、王都中を警備がロサリンド・ダンスベルを捜索した。もちろん、ダンスベル男爵領も調べられた。
しかしロサリンド・ダンスベルの行方は杳として知れなかった。
あなたは私の前世からの運命の恋人 チャイムン @iafia
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