5.本当の盗人は誰?

「どうやら、この場に盗人がいるようですね」

 重々しい声が響いた。


 声の主は王妃だった。

 王妃は今年五十四歳。名はアリエノール。十六歳で隣のゼラルド王国から嫁いで来た王女だった。現国王は王妃の五歳上だ。

 このアバークロン王国に来て一か月後に挙式の予定だったが、半年遅れた過去の醜聞は有名だ。


 当時王太子だった現国王と遠乗りに出た際に供とはぐれ、暴漢に襲われた王太子を庇って背中を刺されたのだ。

 暴漢はその場で、駆け付けた衛兵に斬り殺された。


 アリエノール王女の傷の養生のために挙式が遅れた。その上王女が傷を負った事件で、アバークロンとゼラルドは一時揉めたのだ。

 結局、王太子と王女の二人が強く結婚を望んだため、危うく国際紛争の難は逃れた。


 アリエノール王妃は王族の席からやってきて、無様に乱れたロサリンド・ダンスベルをジロジロと見た。いっそ睨めつけたと言えるほど、鋭い視線だった。


「この娘が盗人ですね」

 パンと畳んだ扇を自分の掌に打ち付けた。

「そなた、名は?」

 冷たく問う。

 ロサリンドは震えて声が出ない。

「御無礼をお許しください。娘は病なのです。このような席に連れてくるべきではございませんでした」

 ロサリンドの父親のダンスベル男爵が震えながら言った。

「わたくしはこの娘の名を尋ねたのです」

 にべもなく、王妃が言う。

「ロサリンド・ダンスベルでございます」

 男爵が言うが、それを扇で制して王妃がロサリンドに問う。


「そなたに聞いているのよ?ロサリンド・ダンスベル。そなたの前世とやらの名前は?」

 その途端、ロサリンドはきっと顔を王妃に向けて言った。

「前世の名前は、クラリッサ・アーウェンです!」

「ほう…」

 王妃は扇を広げてまた閉じた。

「覚えていますよ。クラリッサ・アーウェン。おそらくわたくしほどクラリッサ・アーウェンの事件を知っている者は、レオンハルト王子しかいないでしょう」

 ロサリンドはぱっと笑顔になり、王妃にすがりつかんばかりになり、父親に押さえられた。

「ほら!知っている人がいるのよ!王妃様!私の前世を知っていらっしゃるならおわかりでしょう。盗人はエリーズ・エルムフットです!」


 王妃はエリーズの方をチラっと見てから言った。

「ええ。盗人が誰か、わたくしはよく知っています」


 エリーズとマリーズは寄り添って、手を強く握り合った。


「クラリッサ・アーウェンだったロサリンド・ダンスベル。あなたは前世でも今世でも盗人なのですね」

「え…」

 王妃の言葉にロサリンドは再び真っ青になった。


「あなたはレオンハルト王子と恋仲になり、それを邪魔されて、最後には共に来世を誓い合って命を絶ったと言いましたね」

「その通りです!ですからレオンハルト様の生まれ変わりのマリーズを盗んだ、エリーズ・エルムフットこそ盗人です!!」

 ロサリンドは必死になっていた。


「共に命を絶った…ね。では、ここにいるレオンハルト国王はどこのどなたなのかしら?」


 広間は静寂に包まれた。

 その中を静かに国王がやってきた。そして言った。


「私はクラリッサ・アーウェンと恋仲だった覚えはない。クラリッサ・アーウェンは罪人だ」


 会場はざわめきだした。

「クラリッサ・アーウェン。覚えていますわ」

「あの事件の張本人ですわ」

 年かさのご婦人達がざわざわと囁きかわす。


「アーウェン男爵家は、クラリッサの罪で取り潰しになったのだ。そなたはその生まれ変わりだと言う。生まれ変わっても頭がおかしいのは同じらしいな」

 国王の冷たい声が響く。


「思い出せないのなら教えてあげましょう」

 王妃が言う。

「クラリッサ・アーウェンは当時王太子だった国王に恋をして夢中になったあまりに、頭がおかしくなって恋仲だと吹聴して度々注意を受けていたのです。それでも止まないので、わたくし達の結婚式が済むまで謹慎処分になりました。それを逆恨みして、いえ、恋に狂ってあの日、遠乗りの日わたくしたち二人をを追いかけて来て、二人きりになったのを狙って王太子を刺し殺そうとしたのです。庇ったわたくしは背中に傷を負いました」

 王妃が淡々と続ける。

「クラリッサ・アーウェンは追いついて来た供の衛兵に、その場で斬り殺されました。アーウェン男爵家は、その罪のせいで取り潰しになったのです」


「そんな!嘘よ!!私はレオンハルト王子と恋仲だったの!恋人だったの!きっとこの国の人間じゃなかったんだわ!だってマリーズこそ私の前世からの運命の恋人なんだもの!!」

 叫ぶロサリンドに、周囲の目は冷たかった。


「なるほど。マリーズ・エヴァーグリーンは髪と瞳の色と、ハンサムなところが昔の国王に似ていますね。でもね、ロサリンド。レオンハルト王太子は生きて国王になって、今ここにいるのですよ」

 王妃は冷ややかに告げた。


「衛兵!この娘を拘束せよ」

 静かに国王が告げた。

「クーリッジ監獄へ投獄し、取り調べよ。罪状は窃盗だ。末端の者まで捕縛せよ」

 クーリッジ監獄は貴族が投獄されるところだ。

 そしてダンスベル男爵にも告げた。

「ダンスベル男爵家は家族も全員投獄せよ。男爵家は第四師団が制圧せよ」


 ロサリンド・ダンスベルはその場にくずおれた。その拍子に、ビリっと布が裂ける音がした。手をついた右の肩の部分が破けていた。

 衛兵は容赦なく、乱れ髪で着崩されたドレス姿のままのロサリンドを引っ立てて行った。

 ダンスベル男爵は、おとなしく捕縛された。

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