4.盗難事件?遺失物?
これで終わったかと思っていた窃盗事件は、その後も続いた。
エリーズの家の中でだった。
なくなるのは些細なものだった。
ハンカチやリボンやちょっとした小物。学校の講義のノートが破られたり、インクがかけられたりした。
エリーズの部屋の花瓶や鉢植えが倒され、割られるのも日常茶飯事だった。
妙なのはなくなったもののほとんどは、庭の隅などでみつかる。
メイドの粗相かと思った家政婦長と家令は、使用人を集めて厳重注意をした。
「おかしいですね」
家政婦長が家令に言う。
「エリーズお嬢様はお優しくて、決して使用人に恨まれるような方ではございませんのに」
家令は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
「エルムフット侯爵家は使用人に厚く遇してくださる家だ。その家人の物を損なうような不行き届き者は今までいなかったのに」
「去年新規で雇った使用人達は、紹介状は申し分のないものですし、身元もしっかりしています」
「今までの使用人も、今年起こっているようなことをした者はいないし…」
エリーズは妙なことに気づいていた。
なくなったもののほとんどは見つかるが、見つからないものが限られている。
マリーズから贈られたものばかりだ。
エリーズには確信があった。
マリーズから贈られたものを盗んで行くのは新参者だと。
なぜなら、今年以前に贈られたものは何一つなくなっていない。
昔からエルムフット侯爵家に仕えている使用人なら、過去にマリーズから贈られたものも知っているはずだ。しかし、なくなるものは新しく贈られたものばかりなのだ。
家令と家政婦長が話し合って、エリーズの部屋の立ち入りは制限されるようになった。
掃除や寝具の交換や洗濯物の受け取りまで、家政婦長かエリーズの侍女が監視する。
それなのに仕上がってきたランドリー・ボックスを改めると、度々物が消えているのだ。
とうとう新参のランドリー・メイド達五人と、同じく新参の掃除メイド三人は解雇された。
新しく雇い入れたメイド達は、事情を説明されて、仕事の一部始終を古参のメイドの監視下で行うことになった。
それでも干場からエリーズの物が消えるので、ここにも交代で監視がつくようになった。
それで一連の騒動は終わったかに思えた。
エリーズの十五歳の誕生日祝いのパーティーで、マリーズは美しいロケット・ペンダントをエリーズに贈った。
金細工に真珠母貝の人魚の意匠、チェーンではなく小粒の黒真珠が連なっている。
「中の肖像画は、もちろん私だよ」
マリーズは笑って言った。
その三日後、そのロケット・ペンダントが消えたのだ。
エリーズは規則を破って、服の下に隠して身に着けていればよかったと深く後悔した。
学校に行っている間、ドレッサーの鍵のかかる引き出しに入れておいたのだ。鍵は自分で持っていた。
引き出しは壊され、他の宝飾品は手つかずで、件のロケット・ペンダントだけがなくなっていた。
今度ばかりは内々に済ませるわけにいかず、警備隊に通報して盗難事件として扱った。
使用人達は全員、所持品を改められたが誰も持っている者はいなかった。
憔悴して謝罪するエリーズに、マリーズはヘッドにルビーがついているヘアピンを一ダース贈ってくれた。
これもすぐになくなった。
再び盗難事件として届け出たが、ヘアピンの行方はわからなかった。
ここで父のヘンリーがロサリンド・ダンスベルを疑い、ダンスベル男爵家に手紙を送った。ダンスベル男爵から
「娘ロサリンドは地方の領地に住む祖母の元におり、ずっと王都へ帰っていません」
との返事が来た。
「一体何が起こっているのだ?」
エルムフット家の者達は頭を抱えた。
その三か月後、エリーズはマリーズの母のマリアンナ・エヴァーグリーンの招待でお茶会にエヴァーグリーン家へ赴いた。
マリーズは母親のマリアンナに
「男子禁制よ」
と笑って追い出される時に、エリーズの髪に鮮やかな緑のリボンを結んで行った。
しかしそれも暇を告げる時にマリアンヌが
「あら?マリーズが結んで行ったリボンがないわ。マリーズのいたずらかしら?」
となくなっていることに気づいた。
エリーズは気味が悪くなった。
ここにはエヴァーグリーン家の者と、家から連れてきた自分の侍女しかいないはずだ。
その侍女は古参で、信頼している。
侍女も驚き、
「先ほどパウダールームでお直しした時は、確かにありましたわ。わたくしが結び直したのですもの」
と訝しんだ。
エリーズも鏡で確認している。
さらにマデリーン伯母が誂えてくれたドレスもなくなった。
クローゼットのトルソーに着せかけていたのに。
こんなかさばる物をどうやって?
警備隊も内部の者が数人関わっていないと盗み取れないと言った。
数人ですって?
ここに入れるのは、侍女と家政婦長が伴わないといけないのに?
これにはマデリーン伯母も大層怒って、独自に調査を始めた。
しょげきったエリーズを、マリーズがフラワー・フェアに誘った。
フラワー・フェアに出店された花はどれも美しく、春の陽気も気持ちよく、出店も珍しかった。
久しぶりに晴れ晴れとしたエリーズの髪に、
「リボンの代わり」
と言って、扇型にルビーの花の細工のコームを挿してくれた。
しかしそれも、家に着いた時なくなっていた。
これはマリーズが気づき、遺失物として届け出たのだ。
「裏に『エリーズへ。マリーズより永遠の愛を』と彫ってあるから、きっと戻るよ」
と慰めた。
そしてこの半年でなくなったものが、今夜、この夜会で発見されたのだ。
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