3.婚約指輪は誰のもの?

 エリーズの婚約指輪は友達の間で話題になり、同じく婚約指輪をしている者達も加わり、話が盛り上がった。

 十四歳のクラスでは、半数近くが正式に婚約を発表しており、婚約指輪を指にはめている。


「やっぱりエリーズの黒髪には、赤が映えるわね」

「おめでとう、エリーズ。式はいつなの?」

 エリーズは頬を赤らめて、級友たちと話していた。

「式は三年後よ。マリーズが十八歳になったら挙式するの」

 楽しく話していると、級友をかきわけて一人の少女が割り込んできた。


 それがロサリンド・ダンスベルだった。


 皆が笑い合っている和気あいあいとした雰囲気に反して、険のある表情なのが印象的だった。


「それ」

 まるで物をなげつけるような口調で言った。

「外して」


 一同は言葉の意図を測りかねてきょとんとした。


 ロサリンドは再び言った。

「その指輪、外して」


 何を言いたいのだろう?

 エリーズは慎重に言い返した。

「これは婚約指輪です。婚約指輪は学校にはめて来てもいいことになっています」

 するとロサリンドは

「もう!」

 とじれったそうに言って、軽く地団駄を踏んだ。


 その場にいた者は「えっ?」と目を疑った。

 十四にもなって、このミル・エランド女学校に通っている者が地団駄を踏むなんて。小さな子供でもあるまいし。

「外しなさいって言っているでしょう!」

 そう言って、エリーズの手を掴み指輪を奪おうとした。

 エリーズは抵抗した。周りの者も慌ててロサリンドを押さえた。

 数人でもみ合っていると、業を煮やしたのかロサリンドがまた、思いもかけない行動に出た。


 右手にはめた婚約指輪を守るようにしていたエリーズの左手に、いきなりカブっと噛みついたのだ。

 エリーズは驚いて声も出なかったが、周りの友達の数人が悲鳴を上げた。

 教室は混乱に陥った。

 エリーズのメイドが割って入って、必死にロサリンドを離そうとして彼女の口に手を入れようとしたが敵わなかった。


 そこへ別の生徒が呼んできた教師が三人やってきて、エリーズの周りにいる少女達を押しのけた。

「きゃ!」

 一人の教師が悲鳴を上げた。

 ロサリンドは周囲にかまわず噛みつき続け、ぐぐっと力を込めてきた。

「痛い!」

 たまらずエリーズが悲鳴をあげる。

「おやめなさい!ロサリンド・ダンスベル!自分が何をしているのかわかっているのですか!?」

 教師の言葉ににも耳を貸さず、ロサリンドはさらに力を込めた。

 エリーズが必死に手を引っ込めようとし、さらに教員三人がかりでロサリンドをようやく引き離すことができた。

 エリーズの手には深く歯形が残り、血が滲んでいた。


 ロサリンドは三人の教師に押さえつけられながら暴れ、叫んだ。

「それも私のものよ!返して!私のものを返して!!」


 エリーズはぞっとした。


 、ですって?

 それは何度も見た、あの文面ではないか。


「誰か、教員室からあと何人か呼んできてください。それからエリーズを医務室へ」

 エリーズは頭がクラクラしてきた。

 まさかロサリンド・ダンスベルが窃盗犯なのか。


 医務室の女医は驚いた。

「これは人の歯形ではないですか!!」

 驚きながらも傷を洗い清め、消毒をして薬を塗り包帯を巻いた。処置の間に、医務室に同行してくれた級友が事の顛末を女医に語った。


 エリーズはカタカタと震えていた。

 噛まれたからではない。

 ロサリンドの執着の理由がわからないのだ。なぜ自分から奪おうとするのか。


「あなたは少し休んで行きなさい。家に連絡をして迎えに来てもらいましょうね」

 女医は優しく言った。

「私はそのロサリンドの診察に行きます。何か悪い病気だと一大事ですからね」


 エリーズは級友たちに労わられながら、迎えを待った。


 家に帰ってからも医師の診察を受けた。

 怪我をして帰ってきたことや、噛まれたことに、両親は驚き怒った。

 診察の最中に学校から知らせが届いた。

 ロサリンド・ダンスベルは興奮しているものの、病気の兆候はないと。処分は追って下すとのことだった。


「いやはや」

 医師が呆れ顔で言った。

「淑女の学校で噛みつく生徒がいるなんて、前代未聞ですよ」


 エリーズの父親は娘の無事を確かめると、すぐにダンスベル男爵家に抗議の手紙を送った。

 すぐにダンスベル男爵家から謝罪の手紙が来たが、今は混乱しているので落ち着いたら正式に謝罪に伺うとのことだった。


 一週間後、大きな箱を携えたダンスベル男爵が謝罪に訪れた。


「この度は、お詫びのしようもないことを娘がしでかし、何と申し上げてよいかわかりません」

 ダンスベル男爵は消え入りそうな声で言った。

 あの後、学校ではロサリンドの興奮がおさまるのを待っている間に、切れ切れに言う言葉の端々からエリーズの物を盗んだのはロサリンドではないかという結論に達したのだ。

 迎えに来たダンスベル男爵に厳重に注意し、彼はメイドと妻と一緒にロサリンドの部屋を捜索し、大量の与えた覚えのないものを発見した。

 ロサリンドに問いただすと

「私の物よ!本当は私のなんだから!だから取り返したのよ!」

 というばかりだった。


 箱の中からは、今までエリーズが学校でなくした物が次々と出てきた。

 文房具、リボン、ハンカチ、本、などなど。


 そしてロサリンド・ダンスベルは、ミル・エランド女学校から放校処分になった。


 ロサリンド・ダンスベルの放校処分と、窃盗品の返還がなされたことで、今般の騒ぎは公に取沙汰しないことになった。

 ダンスベル男爵はロサリンドを、地方の領地で静養させるとともに厳しく躾けると誓って帰って行った。


 返還された物品は、気持ちが悪いので全て焼却することになった。

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