最強クランの再興記~最強クランに入ったら崩壊してました~

@dae

第1話「忘れ去られた伝説」

霧がかった早朝、エン・ヴァルナーは迷宮都市エルダナイトの大きな城門をくぐり、その前に立っていた。彼の姿は、小柄で痩せた体つきの15歳の少年だが、瞳には強い決意が宿っている。不規則な灰銀のハイライトが入った黒髪が風に揺れ、後ろに流れる。翡翠色の瞳は、まるでこの先に広がる大冒険を見据えているかのように澄んでいた。


田舎から出てきたばかりの15歳の少年には、この巨大な迷宮都市の全貌がまるで夢のように映る。彼の目の前には、迷宮へと続く門がそびえ立ち、周囲の喧騒が響き渡っている。目の前に広がるのは、かつて聞き覚えた冒険の舞台。街の大通りを人々が行き交い、商人の声、武具の音、笑い声が入り混じる。

エン・ヴァルナーは、街の中心を目指して石畳を歩き続けていた。


 迷宮都市エルダナイト――世界三大ダンジョンの一つ、「深淵竜の迷宮」を抱えたこの街は、壮大なスケールと長い歴史を誇る。都市全体が、迷宮を軸にして発展してきた。まるでこの大地そのものが生きているかのように、街は巨大な迷宮の上に何層にも重なって広がっていた。


 まず目に飛び込んでくるのは、迷宮の入り口がある中央広場だ。そこには数えきれないほどの人々が集まり、活気に満ちた市場が広がっている。冒険者、商人、職人、そして街の住人――彼らは皆、迷宮から得られるモンスター素材で生計を立てている。牙や角、肉や鱗、どれもが貴重な資源となり、この街の経済を支えているのだ。


 深淵竜の迷宮は、街の中心にぽっかりと口を開けたように存在していた。広場の中央には、巨大な階段が下へと続いており、その下は深い闇に包まれている。冒険者たちは、その階段を降り、地底深くに広がる迷宮へと挑む。目指すは、モンスターの素材を手に入れ、名声を得ること。そして、さらなる高みを目指すことだ。


 「これが……エルダナイトか……」


 エンは息をのんだ。圧倒的なスケールと、異様な活気。街の隅々にまで、迷宮に挑む者たちの熱気が充満していた。自分もその一部になれるのだという実感が、胸の奥で静かに燃え上がる。


「すごい……本当にこんなに大きな街があるなんて……」


エンは背負った荷物の重さも忘れて、足を止め、見上げた。エルダナイトの空は開けた場所では見えないほどの巨大な建物や塔が乱立している。田舎では想像もできなかったほど多くの人々が行き交い、活気があふれていた。石畳を歩く足音や荷車が揺れる音、そして道沿いで開かれた市場の賑やかな声。剣や鎧を身に着けた冒険者たちがそれぞれの目的地に向かって急いでいる。剣や槍、鎧の鋼のきらめきが、強い日差しに反射して光っている。


彼は、街の中央にそびえる巨大な塔に目を向けた。それは、迷宮の入り口へと続く塔であり、街の中心の象徴だった。ここで、数多の冒険者たちが命を賭け、モンスターを倒し、その素材で名声や富を手にしている。


「俺も、あの塔の向こうで……」


エンは小さくつぶやき、希望に満ちた瞳を輝かせた。彼がこの街にやってきたのは、ただ冒険を求めてだけではない。彼の心の奥底には、幼少期から抱き続けていた夢があった。


「ドラゴンハート……」


エンが心の中でその名を繰り返すたび、胸が熱くなる。最強と謳われている伝説のクラン、「ドラゴンハート」。ここより遠い彼の故郷でも聞こえる英雄たちの物語は、いつもこのクランの名と共に語られていた。迷宮都市エルダナイトを守護し、どんな強大なモンスターも屈服させた、その力と名誉。エンはずっと、そこに憧れてきたのだ。


「この街で……俺も、あのクランの一員になってみせるんだ」


エンは目を閉じ、深く息を吸い込む。新しい生活の始まりに胸を高鳴らせながら、道行く人に声をかけることを決めた。


「すみません、ドラゴンハートの本拠地はどこにありますか?」


目の前を通り過ぎていた中年の男性が、エンの問いに足を止めてこちらを見た。薄汚れたコートをまとった商人風の男は、驚いたように目を見開き、そして思わず笑みを漏らす。


「ドラゴンハート? お前さん、あのクランに何の用だ?あそこに行くのか? 」


男は苦笑しながら、エンの後ろにある道の先を指差す。その指先には、他の華やかなギルドの建物や、繁盛した店々とは対照的に、少し寂れた雰囲気が漂う区画が広がっている。


「ここをまっすぐ行って、大通りを外れて奥へ進むとある。今じゃ誰も寄りつかない場所だがな……お前さんも物好きだな」


そう言うと、男はエンを一瞥し、肩をすくめてその場を去っていった。


その言葉にエンは少し首をかしげた。どうしてそんなことを言うのだろうか? エンの中では「ドラゴンハート」は最強であり、栄光の象徴であるはずだった。しかし、今の男の言葉からは、まるで過去の残骸を見るかのような響きがあった。


「……物好き?」


エンは小さく呟きながらも、迷わず男が指し示した道へ進む。何かがおかしいという不安が少しずつ広がりつつも、彼の心にはそれでもなお、「ドラゴンハート」への強い憧れが燃え続けていた。


彼の胸の奥で何かが静かに燃え上がる。男の言葉がどうであれ、エンの決意は変わらない。迷宮都市エルダナイトは、まだまだ彼にとって未知の世界だ。彼はここで強くなるために来た。そして、ドラゴンハートの名を、もう一度最強にするために。


人通りの多かった道を抜け、細くなる路地に差し掛かると、街の賑やかさが次第に薄れていく。やがて、古びた建物が並ぶ寂れた区画に到着した。人影も少なく、どこか時間が止まっているかのような静寂が漂う。


エンは、歩みを止めて目の前の建物を見上げた。そこには、錆びついた鉄の看板が風に揺れている。かつての栄光を示すその看板には、かろうじて「ドラゴンハート」という文字が刻まれていた。


「ここが……ドラゴンハート?」


エンは、足を止めて目の前の建物をじっと見つめた。何度も地図と照らし合わせ、道行く人に確認したにもかかわらず、目の前にあるのは、廃れた古びた建物。あまりにも荒れ果てた外観に、彼はここが本当に伝説のクラン「ドラゴンハート」の本拠地なのか疑いたくなる。だが、錆びついた看板には、確かにその名が書かれていた。長年の風雨に晒され、文字はかすれているが、かろうじて「ドラゴンハート」と読める。


建物自体は大きいが、石壁はひび割れ、蔦が絡まり、屋根の一部は崩れかけている。周囲に人の気配はなく、荒れ果てた庭には雑草が茂り、過去の栄光を偲ばせるものは何一つ見当たらない。まるで時間に取り残されたように、ここだけが死んだような静けさに包まれていた。


「本当に……ここなのか?」


エンは自分の足元を見つめ、疑念が頭をよぎる。道中、出会った人々の言葉が頭をよぎった。「物好きだな」……あれほどのクランが、ここまで荒れ果てることがあるのだろうか?


しかし、看板には確かに「ドラゴンハート」の名が刻まれている。彼は深呼吸をして、意を決して、ボロボロの木製ドアに手を伸ばした。触れただけで、手にカサカサとした感触が伝わってくる。ドアを押し開けると、ギィ……ギィ……という重く鈍い音が鳴り響く。長年開かれることのなかったかのような音に、エンの胸が少し高鳴った。


「お、重い……」


彼は力を込めてドアを押し、ついにそれが少しだけ開いた。中に一歩足を踏み入れると、外の光が差し込み、内部が薄暗く照らされる。冷たく湿った空気が漂い、ほこりっぽい香りが鼻をつく。エンの黒髪が微かに揺れる。荒廃した建物の中は、時が止まってしまったかのように静まり返っていた。


エンの目に映ったのは、かつての栄光を感じさせるものではなく、荒れ果てた広間。壁にはひびが入り、床は板が剥がれかけ、所々に崩れた家具が散乱している。窓は割れ、風が吹き込んでカーテンがかすかに揺れていた。空気はひどく冷たく、どこか湿り気を帯びている。天井からは蜘蛛の巣が垂れ下がり、かつての賑わいはどこにも見当たらない。


壁には、昔の冒険者たちが使ったと思われる武具がかかっているが、そのほとんどが錆びついている。かつては豪華だったであろう大広間も、今では暗く重苦しい雰囲気に包まれており、賑わいは完全にない。


「誰か……いませんか?」


エンは、恐る恐る声を上げたが、返事はない。彼の声は、広い空間にむなしく響くだけだった。物音一つ聞こえず、まるでここに人が住んでいないかのように、静寂が広がる。


戸惑いながらも、彼はもう一歩足を踏み出した。古い床がぎしぎしと不気味な音を立て、エンの動きに合わせて微かに沈む。緊張感が体を包む中、彼はもう一度声を上げる。


「すみません、誰かいませんかー?」


しかし、またもや返事はない。ただ、彼の声が虚しく響き渡るばかり。エンは少しだけ戸惑い、どうすべきか考えながらも、部屋の奥へと進んだ。広間にはいくつかの扉があり、どこに繋がっているのかはわからない。彼は一瞬ためらうが、意を決してその中の一つの扉へと向かった。


エンが近づいた扉も、また古びた木製で、ノブには埃が積もっている。ここにも長い間、人が立ち入っていないのだろうか。扉を開けると、薄暗い廊下が続いている。その奥には、さらに朽ちかけたドアや、無造作に積まれた木箱が見える。廊下にはかつての冒険者たちが使っていたであろう装備が無造作に置かれているが、そのほとんどは使い物にならないように見える。


壁には、色褪せた大きな絵が掛かっている。その絵には、かつての「ドラゴンハート」の勇ましいメンバーたちが描かれているが、絵の一部は剥がれ、顔すら確認できない者もいる。エンは絵の前で立ち止まり、心の中でつぶやいた。


「ここが……本当に、あのドラゴンハートなのか……?」


しかし、目の前に広がる廃れた光景は、彼が憧れたクランの姿とはあまりにも違っていた。エンの中に、少しずつ不安が広がる。彼の中で描いていた最強クランのイメージとは、まるで別物だった。


それでも、エンはあきらめずに先へと進む。クランがここにある以上、きっと誰かが残っているはずだ。彼は心の中でそう確信し、重い空気を切り裂くように、さらに一歩を踏み出した。


エンは薄暗い廊下を抜け、ようやく少し広めの部屋にたどり着いた。古びた木のテーブルと椅子が並んでおり、どうやらここは食堂のようだった。壁には昔ながらの木製の棚があり、その上にはホコリをかぶった食器や酒瓶が無造作に置かれている。陽の光はほとんど入らず、窓は薄汚れ、空気は酒と古い木の匂いで満ちていた。


そして、部屋の片隅には、一人の男が椅子に座ったまま、ぐっすりと眠っていた。いびきをかきながら、酒瓶を抱え込むようにして倒れかかっている。寝苦しそうな体勢のまま、豪快ないびきを響かせている。


エンは男に近づき、ふと鼻を突く強烈な酒の匂いに顔をしかめた。彼の姿は乱雑な赤髪に無精髭、少しやつれた表情だが、どこかしらに威圧感と力強さを感じさせる雰囲気を持っていた。年齢はおそらく40歳前後、体格はがっしりとしていて、おそらく冒険者であろうことが伺える。


エンは、しばらく迷いながらも、意を決して声をかけた。


「あの……すみません、起きてください」


何度か声をかけると、男は少し顔をしかめ、手元の酒瓶をカラカラと床に転がした。その瞬間、重たいいびきが止まり、男の瞼がゆっくりと開き、オレンジの瞳が見えた。ぼんやりとした目で、エンを見上げると、しわがれた声で口を開いた。


「……誰だ、お前?」


男は椅子に座ったまま、目をこすりながらゆっくりと姿勢を正した。彼の動きには、微かに酒に酔った感じが漂っている。エンは少し緊張しながらも、深く一礼し、自分のことを話し始めた。


「僕はエン・ヴァルナーといいます。田舎から、ドラゴンハートに入団したくて……。ここは本当にドラゴンハートの本拠地ですか?」


エンの言葉に、男はしばらく黙ったまま彼を見つめていたが、やがて小さくうなずいた。「ああ、ここがドラゴンハートだ」と、重い口調で返答する。その一言に、エンは少しだけ安心した。


「やっぱり、ここで間違いないんだ……」


だが、周囲の様子を見渡して再び疑問が湧いてきた。外も中も、栄光のクランとは程遠い荒れ果てた様子で、ここに誰か他の冒険者がいるようには見えない。


「他のメンバーは……どこですか? 迷宮にでも行っているんでしょうか?」


男はそれを聞いて小さく笑った。少し酔っ払ったまま、その笑みには皮肉めいたものが感じられた。


「メンバー?……ああ、メンバーはな……俺と、あと一人だけだ」


エンはその言葉に思わず声を荒げた。


「どういうことですか!? ドラゴンハートは、あの最強のクランじゃないんですか!?」


「最強のクランだと?おまえな」

男ががさらに発言しようとしたその時だった。背後のドアがガチャリと音を立てて開いた。


入ってきたのは、赤い髪の少女だった。髪は肩にかかる程度の長さで、太陽の光を受けると燃え上がるように輝く。彼女の黒い瞳は、しっかりとエンを見つめていて、その瞳の奥にはどこか冷静さと強い意志が感じられる。17歳くらいだろうか、背筋をまっすぐに伸ばし、身軽そうな革の防具を着ている。その姿は、この場に似つかわしくないほど凛としたものだった。


「あら、お客さんなんて珍しいわね」


少女は、軽い調子で言いながらエンに近づいてきた。黒い瞳が一瞬、興味深そうに彼を観察している。そして、男の方を一瞥し、呆れたようにため息をついた。


「またお酒を飲んでるの? もう朝なのに」


彼女は男に近づき、酒瓶を手から取り上げた。男は不満げに口を開いたが、彼女は一切気にせず、そのまま瓶を持ってテーブルの端に置いた。


「本当にごめんなさい。父がこんな調子で……」


彼女はエンに向き直り、ぴしっとした姿勢で頭を下げた。しっかりとした態度だが、その顔にはどこか申し訳なさそうな表情が浮かんでいる。エンは思わず手を振って「いえ、大丈夫です」と答えたが、彼女の整った顔立ちに一瞬見とれてしまった。


「私はリリス・アルグレア。このクランに所属している、そして……この人がアウスト・アルグレア。私の父です」


彼女は父親を指しながら、微笑んで名乗った。


「リリス」と名乗ったその女性は、赤い髪が揺れるたびに、その中に燃え上がる情熱が見えるかのようだった。エンは一瞬言葉を失い、彼女の姿に圧倒されたが、すぐに我に返り、少し頭を下げた。


「僕は……エン・ヴァルナーです。ここより遠方からから来ました。ドラゴンハートに憧れて……ここで強くなりたいって思って」


リリスは微笑みを浮かべたまま、少し黙ってエンの言葉を聞いていたが、その顔にどこか寂しげな表情が浮かんだ。


「……さっき、メンバーが二人だけだって聞いたんですけど、それってどういうことですか? ここは、最強のクラン、ドラゴンハートなんですよね?」


エンは迷いながらも、その言葉を口にした。胸に抱いてきた強い憧れ、そして目の前にある現実。そのギャップが、彼の心を揺さぶっていた。


その質問に対し、リリスは一瞬目を伏せた後、再びエンを見つめ、重い口調で言った。


「それはもう……10年以上前の話よ」


彼女はため息をつきながら、部屋を見渡すように目を動かした。エンが見ている荒れ果てた建物の中、かつてはその名を轟かせたクラン「ドラゴンハート」の輝かしい歴史があった。


「確かに、このクランは昔、最強のクランと呼ばれていた。でも、今は見ての通り、こんな状態。残っているのは、私とこの人――私の父だけ」


リリスは、椅子に座る父親ーーアウストを軽く指しながら、苦笑いを浮かべた。彼女の言葉には、過去の栄光を受け入れながらも、今の現実を淡々と伝えるような響きがあった。


「最強だった頃の仲間たちは……みんな死んだ。魔獣との戦いでね。それから、クランは廃れていったの。こんなことも知らないなんて、よっぽど遠くから来たのね。」


その言葉を聞いた瞬間、エンは頭の中が真っ白になった。今、自分が目の前にしているのは、かつての「ドラゴンハート」ではなかった。伝説と憧れ、栄光に彩られた物語は、ただの過去の遺物に過ぎなかったのだ。


エンの視界が歪む。心の中で何かが崩れ落ちていく感覚があった。


「そんな……」


彼は胸の奥に込み上げる感情を抑えきれず、思わず天井を見上げ、力いっぱい叫んだ。


「こんなのって……あんまりだぁぁぁぁぁ!!!」


彼の叫びは、廃れた建物の中に響き渡り、寂れた壁に反射して消えていった。

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