第10話 屋台営業1

 ハロウィンの子どもたちに配るハーフサイズのおでんや、巾着の準備が出来ました。

そうして、いっこに案内されて店の裏に出ると駐車場に屋台がありました。

その横には、軽自動車が1台、駐車してあります。

 「明石の市場まで材料を買いにいくときは、これで行くの」

いっこが、自動車を指さして言いました。

よしくんは、いっこが、自動車の運転も出来ることに、ますます逞しさを感じました。

しかし、そろそろ、自動車に高齢者マークを付けて運転しなければなりません。

よしくん自身も運転するときは、そろそろ、高齢者マークになります。

いっこもよしくんも、若葉マークを自動車に付けて、父親に助手席に乗ってもらい、運転を始めたのに、いつの間にかそういう歳になっていたのでした。

このごろ、テレビのニュースで知るアクセルとブレーキの踏み間違いで事故を起こす高齢者のことを、よしくんが考えていると、いっこが、屋台の後ろから元気に合図します。

 「しゅっぱ~つ!」

よしくんは、屋台を引きます。

屋台が動き出すときは、引くのに、かなりの力が必要です。

よしくんは、全体重を前方にかけて引きます。

 「いっこ~ これはっ、 けっこうなっ、 労働だねっ」

と、よしくんが、やっとのことで言います。

 「よしくん、ゆっくりでいいからねーっ」

と、後ろで屋台を押すいっこは、思い浮かべることがありました。

それは、20年前、旦那さんの引く屋台を後ろで押すいっこです。

でも、今、屋台を一生懸命に引いてくれているのは、よしくんです。

いっこは、よしくんが、屋台を手伝ってくれていることが嬉しくて、だんだんに亡くなった旦那さんのことが記憶から薄れていました。


 若い母親と幼稚園の子供が電車から降りて来ました。

 「お母さん、 僕、おでん食べたいよう」

と、言っていっこの屋台を指さします。

 「汚いからダメよ。 コンビニのおでんを買ってあげるからね」

母親は、子供が指さした先を見ます。

仮装した子どもたちが、屋台で、いっことよしくんからおでんをもらっているのが見えます。

 「やだよっ。 僕は、あれが食べたいようっ」

母親は、諦めたように言います。

 「しょうがないわね、 もらって来なさい。 お母さんは、ここにいるから」


 いつも、寂しい屋台も今日は、子どもたちの声や笑顔でいっぱいです。

いっことよしくんも笑顔が絶えません。

いつもは、いっこが一人の屋台ですが、今日は、よしくんもいて、すごく良い感じです。

二人は、仲の良い夫婦のようにも見えます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る