第9話 おでんの店

 いつも、この緑が丘駅の改札を出るのは夕方です。

でも、今日は、お昼です。

よしくんは、相変わらず、乗降客の少ない自動改札を出ます。

そして、いっこの描いてくれた地図を見ながらサンロード名店街へと歩きます。

しばらく歩くと、いっこの店は、サンロード名店街、スナック奈美の先、5軒目にありました。

古びた看板には、『おでん屋』と書かれています。

よしくんは、暖簾の出ていない店の入口の引き戸を開けます。

ガラ、ガラ、ガラーッ

暗い店内には、カウンター席が5つほど並んでいます。

おでんの良い匂いもします。

 「こんにちは~ お手伝い人でっす」

よしくんは、気合を入れた声を出します。

すると、カウンター奥の厨房からいっこが出て来ました。

 「いらっしゃーい。 よしくん」

よしくんは、荷物を置くと、

 「じゃあ、 早速。割烹着に着替えるよ」

 「2階で着替える?」

と、いっこ、

 「大丈夫、ここで着替えるから」

よしくんが、着替えていると、いっこは厨房から大鍋を重そうに持って来ました。

 「子供用には、薄揚げの中にお餅やチーズの巾着だけど大人には、いろんな種類のキノコを詰めたのや、青ネギをぎっしり詰めたのを作ったのよ」

いっこが、嬉しそうに言いました。

 「それは、朝から大変だったね」

よしくんは、いっこが、お酒飲めないのにアテの事が良く分かる人だな、酒飲みの気持ちが分かる人だな、と思いました。

 「お昼は、キノコご飯炊いたから、今から食べましょう」

いっこは、にこにこしながらカウンターに2つ茶碗を並べます。

 「さあ、頂きましょう」

いっこは、楽しそうです。

 「いっこと二人並んで座って食べるご飯、美味しいね」

いっこは、大きく頷きます。

よしくんは、ゆっくりとした口調で言います。

 「奈美さんから聞いたんだけど、いっこがおでん屋台続ける理由…」

そして、よしくんは、一口、お茶を飲むと、

 「思い出の詰まった、このお店や屋台の手伝いをすること、いいのかなぁ?」

いっこは、微笑みます。

 「よしくん、いっこは、すごく嬉しいの」

それを聞いたよしくんは、ほっとしたようです。

 「いっこが、一人でおでん屋台、やってることがすごく心配だったし…」

と、ぽつりと言うと、

 「ありがとう、よしくん…」

いっこは、そう言うと、気を取り直して、

 「それじゃ、そろそろ出発ね、 よしくん、大丈夫かな?」

いっこは、にっこりして、よしくんの顔を覗き込みました。

 「…大丈夫だよ。 任しとけっ! と、言いたいところだけど…」

二人は、顔を見合わせて笑いました。

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