第7話 よしくんの思い

 朝、よしくんは、アパートを出ると新開地駅から粟生線で派遣先の広野ゴルフ場前駅に向かいます。

よしくんは、吊り革につかまり、電車に揺られながら、昨夜の奈美さんの話を思い起こしています。

 …いっこと一緒にお店出来ない?…

よしくんは、一人で重い屋台を、やっとのことで引く、いっこを思い浮かべました。

しばらくして、電車は、鈴蘭台駅に着きました。

ドアが開くと、杖をついた老人が駅ホームから、ゆっくりと電車に入ってきました。そして、空いている敬老席に座ります。

自分の将来の姿を見るように思ったよしくんは、自分の年齢をあらためて思い直します。

よしくんは、還暦を過ぎ、そろそろ古希に近づいて来ました。

よしくんの、この派遣先での仕事は、あと2か月あまりで終わります。

それと同時に会社も定年退職になります。

よしくんは、自分自身の境遇を考えてみます。

バツイチ、独身で家族も無く天涯孤独の身です。

自分の事ばかりでは無く、最後に誰かのために出来る事は無いだろうか?

よしくんが、守ってあげられる人、それは、いっこに他ならないのです。

ふと、頭を上げると電車の中吊りの広告が目に入りました。

 『キッチンのリフォーム、店舗の改装は、三木住建へ』

東京の自宅を処分し、退職金を合わせれば、いっこのお店のリフォームに充てる事が出来そうです。

しかし、いっこが思い入れ深い屋台をやめて、お店で商売を始めることを望むのでしょうか?

しかも、よしくんと一緒に暮らすことが出来るのでしょうか?

 …よしくん、 おかえりなさい…

と、いっこは、手を止めて笑顔で言ってくれます。

よしくんは、家に帰ったような暖かさを感じます。

 …よしくんの故郷の静岡おでんの黒はんぺんだよ…

と、いっこは、本当に楽しそうに言ってくれます。

よしくんは、自分のことを考えていてくれる、いっこの優しさを感じます。

でも、いっこは、緑が丘駅のロータリーの片隅の屋台でよしくんを迎えられる、その、よしくんとの関係を望んでいるだけでは無いのでしょうか?

よしくんが、あれこれ考えていると電車は、緑が丘駅を通過しました。

電車の窓からは、誰もいない駅ロータリーが見えました。

もちろん、いっこの屋台はまだありません。

そして、よしくんの頭に、あることが閃きました。

まず、いっこの屋台の仕事を、客では無い立場で見せてもらうことを、いっこにお願いする。

あくまでも、よしくんがいっこの屋台の仕事を手伝うということで、いっこにお願いする。

よしくんは、今夜、屋台でいっこに、それを言ってみようと思いました。

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