第6話 いっこの過去
奈美さんは、よしくんに話しを続けます。
「いっこは、大学生のとき薬学部だったの。 それで、薬剤師になったいっこは、このサンロード名店街にある薬局に務めたのね」
よしくんは、それを聞いてびっくりしました。
「あの屋台を引いて歩くいっこが、もと薬剤師だったとは…」
奈美さんは、更に続けます。
「それから、サンロード名店街にある、おでん屋を経営している男性と恋に落ちたいっこは、その男性と結婚しました。 そして、おでん屋の女将さんになったの」
カウンターの方からロマンちゃんとお客さん達の笑い声がしました。
よしくんは、 …男性と恋に落ちて、結婚… という奈美さんの言葉に落胆しました。
すると、奈美さんは、
「あーっ、 よしくん、がっかりしないで」
と、続けます。
「その後、サンロード名店街が寂れてしまって…、 そう、高齢化で町に勢いが無くなって…、 でも、いっこと旦那さんは、おでん屋台を緑が丘駅で始めたの」
そこまで話した奈美さんは、今度は涙を、ぽろぽろとこぼしながら、
「希望を持って二人で屋台を始めた矢先に…、 旦那さんが交通事故で亡くなってしまった…」
よしくんは、いっこが可愛そうで泣きそうになりました。
「それで、 いっこは、 どんなにお客さんが来なくても、 あの屋台を続けているの。 もう、20年も…」
よしくんも、やっと言葉が出ました。
「奈美さん、 辛いお話、 聞かせてくれて、ありがとうございました」
すると、奈美さんが慌てて言います。
「話は、これからなの。 それで、いっこの体力的にも大変だから、 もう、意地を張るのはやめて前みたいにお店で商売したらって…」
奈美さんは、よしくんの顔を覗き込むようにして、
「よしくんも、いっこに勧めてくれないかなー? 出来たらいっこと一緒にお店出来ない?」
よしくんは、 …一緒にお店出来ない?… という奈美さんの言葉に動揺を隠せません。
すると、ロマンちゃんが奈美さんを呼びました。
「ママーッ、 お勘定お願いしまーす!」
どうやら、一人、お客さんが帰るようです。
奈美さんは、カウンターに小走りで行ってしまいました。
残されたよしくんは、しばらく、テーブルの一輪挿しのコスモスを見つめていましたが、立ち上がると、
「奈美さん、 帰ります」
と、カウンターの奈美ママに言います。
「よしくん、 考えておいてね。 屋台に行ってあげてー」
と、奈美さんは、もう、元気いっぱいの笑顔でした。
よしくんは、いっこが一人でいる屋台に早く行ってあげたくて、早足で緑が丘駅に向かいました。
よしくんが、緑が丘駅まで戻ってくると、そこには、ひっそりと赤い提灯の屋台がありました。
よしくんは、奈美さんの話を聞いて、たまらなくなっていました。
でも、いっこに何と言って良いのか分かりません。
丸椅子に座った、よしくんにいっこが笑顔で言います。
「よしくん、 奈美さんと何話したの?」
よしくんは、おでんを食べながら言います。
「特に、話さなかったよ。 ロマンちゃんの小話を聞いていたんだ」
いっこは、
「ああ、 そうなんだ。 じゃあ、楽しかったね」
と、言って、よしくんを見つめました。
そして、よしくんは、お皿の中をよく見ると、びっくりしてしまいました。
「ああっ! 黒はんぺんだ! すごい!」
いっこは、
「よしくんの故郷の静岡おでんの黒はんぺんだよ。 今日、手に入ったの」
嬉しそうに言います。
「うわーっ、 懐かしい味だよ。 感動だ!」
よしくんは、さっき聞いた奈美さんからの事は、良く考えてからいっこに話そうと思ったのでした。
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