第2話 出逢い

 神戸電鉄粟生線の電車内でノートPCを膝の上に乗せてキー入力する初老の男性がいます。

彼は、技術サービス会社の作業員で毎日、新開地駅から広野ゴルフ場前駅まで通っています。

東京の自宅から神戸に技術派遣になり、1か月が過ぎようしていました。

疲れた目を液晶画面から離し、窓の外を眺めます。

すると、緑が丘駅ロータリーの片隅に『おでん いっこ』を見つけました。

 「へーぇ、 屋台おでんかぁ、 いいなぁ…」

彼は、お酒が好きでしたし、風情のある屋台のおでんにも魅力を感じました。

 「よーし、 今夜は、この緑が丘駅で降りて、おでんで一杯とするか」

電車が駅に到着すると、彼は、慌てて降りました。


屋台には、丸椅子が3つ並んでいます。

彼は、端の椅子に座りました。

いっこは、びっくりした顔をしています。

 「あれ? まだ早かったですか?」

と、彼が言うと、

 「いいえ、 大丈夫です」

と、いっこが慌てて言います。

いっこは、久々のお客さんに戸惑いを隠せないでいます。

 「えーと、 大根、厚揚げ、竹輪をお願いします」

続けて、

 「あと、 熱燗のお酒もお願いします」

いっこは、

 「はい、 分かりました」

と、言って、お皿におでんを取り、お皿の端に和辛子を付けます。

さらに、日本酒の一升瓶を持ち上げるとチロリに注ぎ、四角いおでん鍋の隅に置き、燗をつけます。

彼は、おでんを美味しそうに食べます。

いっこは、彼を、にこにこと見つめます。

彼は、コップに注がれたお酒を、きゅうっと飲むと、

 「お姉さん、 名前を、 いっこって言うんですか?」

いっこが、答えます。

 「えっ? ああ、 そうです」

続けて訊きます。

 「お姉さん、 お一人でやっているんですか? この屋台」

いっこは、にこにこしているだけです。

 「お姉さん、 もう長くやっているんですか? この屋台」

いっこは、にこにこしているだけです。

 「あとー、 玉子とウインナーもお願いします」


 彼は、しばらくの間、おでんとお酒を堪能しました。

そして、立ち上がると、

 「毎日やっているんですか?」

いっこが、大きく頷くと、

 「じゃあ、 明日も来ます」

そう言い、彼は、お勘定しながら、

 「ご馳走様でした。 東京から仕事で神戸に派遣されて来ているんですよ」

彼は、会社の名刺をいっこに渡しました。

いっこは、彼の名前を見て言います。

 「よしくんね」

彼は、頭に手をのせて、

 「いやー、 どーも、 この歳でよしくんですかぁ」

いっこは、笑いながら言います。

 「私だって、 この歳でいっこよ」

二人は、大きな声で笑いました。

この、おでん屋台から笑い声が聞こえるのは、本当に珍しいことです。

屋台の傍らにいた野良猫が、慌てて逃げて行きました。

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