第9話
そんなことをいう
妻はあまり見たことがなかった。
私は言葉にならない嬉しさを噛み締めた。
「ありがとう」と私は彼女に告げた。
彼女は微笑んで私に頷いた。
私は事故の瞬間を覚えていない。
事故の全貌を覚えていなかったのだ。
瞬間も、あの1日すらも覚えていなかった。
記憶というものが、出張先の病院で目覚め、
その地まで妻が見舞いに
来てくれたその時まで一切記憶がない。
遠く離れたこの場所まで来てくれた
彼女を心から大切にしたいと思った。
いつの間にか彼女は立ち上がっていた。
「それじゃ、行こうか」
彼女は私の手を差し伸べる。
私はそれに気づき、立ち上がる。
支えてもらっている以上、
私は何かできることがあるはずだ。
しかし、しかしながら今の私は何も出来ない。
予想できる未来はあるのか、
まだ呆然とした景色は
こんなにも明瞭になった。
「え、」
私は飛んできたサッカーボールを掴んでいた。
「どうしてわかったの」
彼女は驚いた表情で言う。
私もそれに驚いた。それは球体、と言う存在。
球体だけ、先が見えることができる。
「俺も、よくわからない」
私は即座にサッカーボールを求めている少年たちにボールを返した。
球体だけ、球体のみが未来を知らせる。
「織本さん、ですよね」
妻に肩を叩かれ、後ろを振り向いた。
「少し協力を」
背広姿の彼は見覚えのない顔をしていた。
「時間を司る貴方様をお待ちしていました」
「誰なんですか」と妻はいう。
「それは言えませんね」
私の知らない先の世界で
二人は会話をしている。
ようやく私は彼と妻の声を聞くことができた。
合間を入る暇なく、彼らは会話している。
「素性も知らない相手に彼は渡せません」
「彼が必要です。今すぐに」
「何故?」
「世界を変えかねない、
重大な任務を遂行していただきます」
「あなた名前は」
「喜代野洋樹と申します」
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