第2話
「はぁぁぁぁぁぁぁ…!!!やってられねぇ…!なんで俺がこんな雑用を…!」
ここはD塔の一階。
目前に広がる広大な大自然はここが塔の内部だということを忘れてしまうほど壮大だった。
「まじですげぇよなD塔。世界に四つしかないうちの一つが日本だぜ?俺ら恵まれてるわぁ」
「な?それに法治国家だから海外勢は手続きしないと入れないようになってるし、ようやく国民に恩恵を与えてくれて嬉しい限りだぜ」
D塔内部で雑談をするこの2人は、俺の雇い主である、もぶいともぶにだ。
2人はレベル12で一階層には素材集めできている。そして俺は荷物持ちとして雇われている。
その証拠に俺の背中には大きなリュックがあり、少しでも金になるものを片っ端から詰めている最中なのだ。
「おいまだか?早くしないと日が暮れちまうぞ!」
「日が暮れるなんてことねぇだろ!ちと黙ってろボケ!」
散々文句垂れやがって!
てめぇら何もしねぇじゃねぇか!
先頭を歩いて素材を見つければ指を刺して俺に行かせて魔物が出ればレベル上げとして譲ってやるとか言って投げてくるし、受けなきゃ良かったなこりゃ。
扱いがあまりにもひどすぎるためこっちだって文句の一つや二つ出てくる。
「おっ?あそこ!なんか光ってないか!?」
もぶにの指摘で指を刺した方を確認すると確かにそこには小さな光を見た。しかしそれはこの森林のトラップだ。
ルビープラント
宝石のような輝きを芽から発して人間を誘惑する魔物だ。目前に来た瞬間、眠り粉を出して眠らせ、他の魔物が人を殺すのを待つのだ。そして地面に浸透した血がこいつらの主な食となる。
探索者なら自分の行く階層に出現する魔物の生態ぐらいは予習してくるはずだが…この反応からするとこいつらは知らないのかもしれない。
「ラッキーだな!俺がとってくる!」
「あ…おいまて!それはルビー…」
ぷしゅんっ!
何かが破裂したような音が聞こえ、すぐに森には眠り粉が拡散された。
(まじか…こんな規模でけぇのは…しらな……た…)
意識を保たなきゃいけない。
ここで寝てしまえば死は確定するだろう。
しかし、引っかかることのない罠にかかったためにポーションは持ってきていなかった。
(つ…ん…だ…)
あいつら…まじで着いてこなきゃよかった。
これで死んだら末代まで呪ってやる。
眠り粉を吸った三人の意識は途絶え、いびきが森にこだました。
「「「ぐごぉぉぉ…ぐごぉぉぉ…」」」
◇◇◇◇◇
探索者はレベルが上がるとそれに比例して身体能力も一緒に上がる。
ゲームのように筋力や知力といった数字で表されるステータスはないが、その代わりに自身のレベルとスキル、それと総合力というものだけがステータスプレートで確認することができる。
この総合力というのは20年経った今でもあまり解明はされておらず、これが高くてもじゃぁその人に勝てないかと言われればそうではない。
だから現代の人々は総合力ではなくレベルで全てを判断する。
だから、魔物を一体倒してもレベルが上がらなかった者は、現代では差別や侮辱の対象となる。たとえそれが、ゴブリンではなくオーガを倒した人だったとしても。
成長しない探索者はただのお荷物でしかないから。
これはただの記憶
誰の記憶かはわからない。
それはいつものようにダンジョン全体を見渡していた。
そしていつものように始まる探索者試験。
少し強い人間たちが一階層のあちこちに散らばり、まだ踏み出せていない者たちの戦闘を見守っている。危機的状況に陥れば即座に救出する行動は見事だ。
しかし、
ーーーつまらない
変わり映えのしない光景。
これじゃあ真に強い者は生まれない。
きっと誰かが助けてくれる、負け=死ではない、今回失敗してもまた挑めばいい。
・・・そんな甘い考えはクソだ
20年経った今、探索者になろうとしている者が多いのはあの地獄を忘れたからなのか?
それなら…また思い出させようか。
人は簡単に死ぬ。首の骨を折ればいいだけなのだから魔物からしたら楽な仕事だろう。
こちらはいつでもお前たちを……ん?
そこで記憶は見た。
目が止まったのは黒髪黒目の青年で、ただのTシャツと半ズボンで立っていた。
普通は支給された防具をみんな着ているが、これはバカなのか?と記憶は思った。
ただ珍しかったから目に止まったんだと。
(………)
興味だ。
このバカはどうやって死ぬのか。
それから目を離すことはなかった。
そしてそれらは素晴らしい行動であり、目に留まってよかったと思わせることになった。
青年は魔物を見つけるなりすぐさま林に身を隠した。相対し、武器を取るでもなく先手必勝することもなくただ隠れた。
そして、魔物が目前に来た瞬間背後から飛び出してオーガの頭を押さえつけたのだ。
「じゃあな」
ごきゅっ!
首を折ることでいとも簡単にそいつは魔物を瞬殺した。
普通なら?
人は魔物に畏怖し足を震わせる。
一撃必殺を狙ったところで首を素手で折りに行くことなどしないだろう。
まして体格が違い過ぎる化け物相手に笑みなどこぼさないだろう。
ーーーこいつに決めよう
記憶の判断は早かった。
一度しか見てないし名前もなんの目的でダンジョンに来たのかも知らない。
しかし、これには何か、可能性がある。
そう確信できるほど異様な雰囲気を感じた。
それに度胸も凄まじい。
一階層にいる魔物は全部で五種類。
そのうちボスを除いたらオーガが一番手強い魔物なのにも関わらず、レベルのない者が瞬殺するのは並大抵どころの話ではない。
きっと声は届かない。
しかし、伝えたい。
ーーどうか、塔をクリアしてくれ
(対象のレベルを封印するかわりに総合力の各項目へのアクセスを許可、下級下位天の称号を付与)
記憶が選べるのは1人だけ。
そして世界に生まれるのは・・・人。
そろそろ時間か。
今回はうまくいくことを願うばかりだ。
記憶は最後に青年をもう一度見て、フッと笑ってきえた。
◇◇◇◇◇
「んが…!」
「いたっ!」
何かが顔にあたり、意識が徐々に戻り始めた。
ぼけっーと辺りを見渡し、すぐに立ち上がって茂みへと隠れる。
(し…死んでない!!)
雇い主である2人はぐぅすか寝ていて、さっきまであれと同じ状態だったにも関わらず周囲に魔物の気配らしいものはなかった。
「なんでだ?あの眠り粉には魔物を引き寄せる効果もあるって書いてあったのに」
たまたま近くに魔物がいなかったのか?
少しだけ周囲を歩いてみるとあることに気づいた。それは地面に寝転んだ魔物の姿
んごぉぉ…んごぉぉ…
「……そういうことか」
一般的なルビープラントをまだ見たことがないから不確かではあるが、たぶん遭遇したあいつは特殊個体だ。
魔物の中には稀に変なやつが含まれていることがある。人間にも多種多様な考えや人種があるように生まれてくる魔物にも知能や力は個体差がある。
これを前提に考えるとあのルビープラントは能力が飛躍的に伸びた個体で、本来であれば獲物だけを眠らせる能力だが、効果範囲が広すぎてやって来た魔物にも影響を与えていると考えるのが妥当だ。
それに、原因のルビープラントも眠っているように見える。
「…どうするか」
こいつらは今、俺の獲物となった。
しかし、命の危機がなくなったことがわかった今、別のことも考えなくてはいけない。
さっきのは夢なのか。
どうして探索者試験の時の俺が写っていたのか。あれは、誰の記憶なのか。
それに夢の中で言っていたレベルの封印が本当なら…
「ステータスオープン」
白咲 やまと
Lv0(封印状態)
スキル
振り分け(25)
総合力 600
力 (100)
器用 (100)
耐久 (100)
敏捷 (100)
知力 (100)
精神力 (100)
称号
下級下位天
「なんだこれ……」
前に見た時はレベル0で総合力200ぐらいだったのに知らぬ間に上がってる…。
それに総合力の各項目が載ってるし…なんでだ?……っていうかこれが見えたところで俺はどうしたらいいんだ?あいつは誰で何をさせたいんだよまったく!
帰ったらネットで調べないと…
ただその前に…まずはこのいい子ちゃん達の皆殺しだ。
(うひょー!こんだけいたら素材もがっぽり!入るだけつめんぞ!)
ダンジョンの魔物は殺すと光りとなって消え、素材がランダムで落ちる。そしてその素材は低級のものでもポーションや武器、防具の素材に使われる。それにダンジョン産のアイテムは収集癖のある人にも売れるため需要はかなりあるのだ。
「必殺!首折り10連撃!」
ぼきぼきぼきぼき…ッ!!
寝てる魔物など赤子を捻るも同然。
特に人型のゴブリン、コボルド、オーガは大差ない。図体がでかいか小さいか、ちょっと素早いか遅いか。首の筋肉など寝てる間に硬くすることなんて不可能だし、一瞬の力を最大限出せば子供でもできることだ。
残ったプラントはただ引っこ抜くだけ。
起きてる間は近づくと粉を出してくるが寝てればこいつはただの無害な植物。
「うへへへ!こ、こんなに素材が…!あとはこいつらをどう処理するかだけど…一回荷物は隠すか」
俺が殺した魔物のアイテムも平等に分けろとか言ってきそうだしな、荷物は寝てる間になくなってたことにしよう。
「あの木の下にするか。I時間以内に戻ってこれれば素材達は消えないらしいし誰かにバレることもないだろ」
根本が少し窪んでいるためそこにリュックを押し付ける。あとは葉っぱで覆えば完成だ。
「おいデブいちとデブに!起きろ!」
ぱしぱしぱしぱしっ!
「「うぇ!?」」
「はやく塔を出るぞ!」
「「どうしたんだよ…まだ朝…」」
さすが双子、見事なシンクロだが、お前らデブの朝に需要なんてなくて誰もみたくないからな。
「いいか?俺はおまえらの注意不足…いや、危機管理能力の足らなさで死にかけたんだぞ」
酷なようだがこれは言っときたい。
これからレベルを上げるなら色々な人とパーティを組むだろう。今回みたいに魔物の特性を知らないなどただ死にに来てるようなものだ。
それに、ルビープラントがもし特殊個体じゃなければ近寄ったもぶいちは他の魔物の手で死んでたかもしれない。
2人は顔を見合わせて、次いで状況を理解したのか面目なさそうにしていた。
「「ごめん…」」
「反省は後だ。とりあえず魔物が寄って来てる可能性があるからすぐにD塔を出るぞ。それと荷物なんだが…起きた時にはもうなくてな…たぶんどっかの悪どい奴が持ってっちまったんだろ」
「そっか…今日の収穫は無しか…」
「生きてるだけ儲けてると思えばいいか」
(………っしゃぁ!!!)
「行くぞやろうども!早く外の空気吸いに行こうぜ!」
「「???」」
異様にテンションの高い青年……白咲やまとを見て首を傾げたが、死にそうだったのだから今日はもう出たいんだろうなと思った2人だった。
そして帰りの道中、
「…なんだ?」
いつもより足が軽い?
「「どした!?」」
「いや……なんでもない!」
やまとは身体が少しおかしいことに気づいたがそれを後回しにして外を目指した。
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