第四章 アリシアは騎士様
1. 高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に
王都をぐるりと迂回しまして、穀倉地からおおよそ真反対、革命軍が集うという北方の山岳地帯までやってきました。夜明け前には出発したおかげか、日が高くなるより先に……というより、コレ騎士たちの機動力が異常ですね。武具に鎧にとそれなり以上に重武装のはずなのですが、百五十キロは下らない行程を野を超え山超えものの二時間と少しで走破しました。これで十分に余力を持たせているというのだから驚愕です。
私ですか。完全にお荷物と化していましたとも、ええ。昨晩の御大層な気概はどこへやら、それでもなどと抜かす余裕も無く、早々にカリンの背中にしがみついておりました。
「あの速度ですっ飛ばすカリン様にくっついていられるんだから、十分すごいっすよ?」
「ありがとうございますレン。慰めは不要ですよ」
「ふつーなら気失ってぶっ倒れてると思うんだけどねえ」
「それ以前に方向転換時の加速度で首が折れる」
「まだ本気出してないんですよね? あなたたち」
三人の近衛は互いに顔を見合わせ、後に両手を広げて肩を竦めます。ヒトとバケモノを比べてはならない、とでも言いたげな所作に、私は黙って項垂れました。そんな立場ばかり一丁前に重たいお荷物の傍らへ、どこからともなく現れたカリンが跪き、
「アリシア様。……いかがなされましたか」
「いえ……改めて自分の無力を噛み締めていただけです」
首を傾げるカリンに、涙がちょちょぎれそうになるのを半笑いで堪えます。
さて、いつまでもしょげてはいられません。考えても仕方のないことはさっさと頭の中から追い出すが吉。やるべきこと、やらなければならないことに向き合うしかないというのは、十年と少しの姫人生にて存じております。
「カリン。報告をお願いします」
は、と頭を下げる彼女の前で、私は地面にカリカリと地形図を描き込んでいきます。この山岳地帯を真上から俯瞰する形で、簡素ではありますが特徴と要点は抑えつつ、できるだけ頭の中にある知識を引き出します。それを横から覗き込んでいたルーシィは、
「アリシア様、それ全部覚えてるの……?」
「え? ああ、はい。実はなんですけど、ここの開発計画が王宮では何度か上がってまして。変に入り組んで通商路としては不向きなのですけど、内部にいくつか平らな盆地があるのです。有事の際、占拠されて要塞化でもされたら厄介だなあ、と」
へえー……、と口の端をヒクつかせるルーシィに、レンとベルも微妙な面持ちを向けています。それはそうですよね。結論としては「そんな内戦や他国の王都侵攻レベルの『もしも』があるわけないだろうハッハッハ!」という、ストレスに発狂した国王陛下の鶴の一声によって放置されていたのですから。まあ対応策が『ユリウスが更地にする』という時点でお話にもならなかったのですけど。
結局、その『もしも』は起こり、打開策として保留されたユリウスも動ける状況にありません。中々に未曽有の危機的状況、さっさと手を打たなければと、目の前の景色と地図とを比べながらざっくりとした等高線の描き込みに精を出していれば「そういう意味じゃないんだけどなあ……」とルーシィの呟きが。はて、と首を傾げれば、何でもないですと目を逸らされてしまいました。
まあ我が近衛が無いと言うのなら無いのでしょう。手放しの信頼にてさっさと頭から追い出し、完成した地形図を皆で覗き込みます。カリンは、蛇行に循環にと繰り返し、ミミズのようにのたうち回る山間林間の道を指し示しながら、
「曲がり角ごとに簡素な防壁が築かれ、数人の兵が配置されています。必ず一つ後ろの防壁と連携できるように、射線を確保する形で。分かれ道の場合は両端から挟み込めるように。加えて高台には狙撃兵と、開けている場合は軽装の歩兵が控えています。森林内にも一定の間隔で、二人一組の斥候が。伝令の役割は持っていないようです。盆地は四つ、正面二つと後方一つを小拠点とし、中央の一つに本拠を置いています」
「極めて強固ですね。各部隊間にも何らかの連携や通信の手段があると見えます。全ての兵が個々に、高速に展開できると考えた方が良さそうです。本来であれば、戦闘は避けたいところですが……。レン、ルーシィ、ベル。監視網を潜り、拠点へ潜入することは可能ですか?」
問いに、三人は顔の前に立てた手と首を同時にブンブンと振ります。いえ、大丈夫です念のために確認しただけなので。これだけの偵察を一人でこなすカリンがおかしいのです。
さて、どうしたものかと腕を組んで首を傾げます。可能であれば航空爆撃に、加えて山越えからの本拠強襲、後詰で包囲制圧……と行きたいところですが。こちらにはそんな火力も人手もありません。ついでに足の遅いお荷物が引っ付いています。
「数日かけて攻撃と撤退を繰り返しつつ、隙を突いてカリンに本拠へ潜入してもらい、指揮官を確保して停戦を引き出す……というのが現状最適解、ですが」
ええ。けれど、です。改めてカリンを始め、四人の近衛たちへ目を向ければ、当然のように彼女らは頷いてみせます。
「選択肢は一つ。正面突破の電撃戦ですね。手前から全て切り崩します」
私は戦略図に、下から上へと大きな矢印を一本描き込んで、締め括りました。
そもそも、革命軍の隊長からそのように言い含められているのです。「下手な小細工や口先を弄すより、実力を示す方が話が早い」と。
私は立ち上がりながら足で図を消しつつ、近衛たちへ視線を向けます。
「レンは先頭で注意を引きつつ攻撃を、ルーシィは追撃をお願いします。後方からベルと私で射撃と指揮を行ないます。カリンは半ばに控えて、取りこぼした敵の対処などを任せます。私から一々指示は出しません。戦況に応じて
我ながら愚策も愚策、この状況下で最も在り得ない選択に引きつった笑いと冷や汗が流れますが。たった四人の手勢は既に準備万端でありまして。私へ向けられる強い眼差しに、無力なれど応えるのが主として、王族としての務めです。
「戦闘を開始します。皆さん、落ち着いて参りましょう」
「「「はっ」」」
一切の逡巡なく応える彼女たちに、一層の苦笑が浮かびます。
仕方ないですよね。それができるのが、我が国ハーノイマンの魔法貴族なのですから。
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