7. 忌みの意味(激ウマギャグ)

「あっさりと分かりましたね、革命軍の本拠地」


 村から借り受けた小屋の中にて、カリンと二人、机に向き合って座ります。


 広げた地図の上、首都から見て北東の方角、山岳地帯の谷間に彼らは集っているとのこと。尋問などと物騒なことをするまでもなく、隊長自ら進んで口を割ってくれました。当然、この騒動の首謀者、革命軍が『王』と仰ぐ人物もいるようですが、


「目的は不明のままです。直接聞いてくれの一点張りでした」


 カリンの補足に、ふむうと首を傾げます。右手の人差し指で髪先をクルクルと弄びながら、考えを巡らせて、


「私が出向くことで事態が解決に向かうと、そういうことでしょうか」


 息を一つ吐いて、前髪を一房、持ち上げて眺めます。


 薄い青。


 私の、本来の色。


 そこに込められた、忌み・・を。


「そのようなことで、ご自分を卑下なさらないでください。アリシア様」


 いつもの仏頂面に、けれど、どこか痛ましさを滲ませる、カリンの視線に。


 私は穏やかな笑みを返して、首を横に振りました。


「いいえ。これは私が、ハーノイマン王家が負うべき因縁ですから」


 かつて――この国を、大きな災いが襲いました。


 大陸全土を巻き込んだ騒乱。古くからの列強大国が一つとしてソレを退けるべき責務を、しかし当時のハーノイマン王は、果たすことができませんでした。


 彼もまた、私と同じ、魔力無しであったからです。


「私は、二人目です。そんな折に、この革命騒動ですからね」


 本来であれば、濃い赤色を灯す火王家の直系に、生まれる薄い青の髪色。


 王族たちは、戒めの意味を込めて、こう呼びました。


 無能の王――忌みの青、と。


「魔力無しであることは隠せません。けれど髪の色くらいは、ですね」


 全ては民に、付き従う貴族や騎士たちに、要らぬ不安を抱かせないため。


 本当に……嘘ばかりの姫ですね、などと。


 カリンにさえ、言えることではありませんが。


 幼い頃より世話になっている従者、主の性別以外の全てを知っている女騎士は、僅かに奥歯を噛む気配と共に、否定の眼差しを私へ向けました。


「かつての王は、確かに無力でありました。しかし、決して無能ではなかったと。彼に従い導かれた、比類なき家臣たちが、その功績が、証明しております」

「そうですね。当時の災厄を退け、今なおこの国があるのは、彼と彼の従者たちがあってこそだと、理解しておりますとも。……私も、良い家臣たちに恵まれました」


 綺麗な髪色ですねと、レンはそう言ってくれました。ソレイユも、この村で関わりを持った人々も、誰一人として青の是非を問うことなどありませんでした。私の真実を察してかどうかなどはどうでもよく、ただ屈託のない笑顔を向けられることが、事実であると。


 だからこそ。


「甘えるわけには行かないのです。仮にも、王たる血族の一人として」

「アリシア様……」


 僅かに両目を細めるカリンへ、私はまた薄く微笑みます。身の程知らずは重々承知。無力でしかないこの自分に、何ができるのか、何をすべきなのかさえ、分からないまま。


 それでもと、私は言います。


 それでもと、言い続けるしかないのです。


「確かに今代の貴族家系は、ユリウスを筆頭に過去類を見ないほどの強者揃いです。それゆえに王家は、私が生まれたその時より、忌みの青を秘匿する決定を下しました。如何なる災厄があろうとも退けられる用意がある、と」


 椅子より立ち上がり、机に両手を突いて地図を見下ろします。続けて立つカリンへ、今私たちが居る南部の穀倉地から、ほぼ真反対に位置する北東、革命軍の本拠たる場所を指差して、


「しかし、今はその前提が崩されている状況です。自国民の蜂起により、王都中枢はほぼ無力化されています。『何か』が仕掛けてくるならば、この時を置いて他にありません」


 ハーノイマン王国、革命軍、予期された災い。その繋がりは未だ掴めないままです。それでも、今何かができるのは、対処に動けるのは、ここにいる私たちだけ。


 無能で偽物で忌み子の姫に、付き従う近衛が四人と、あまりにも無勢ではありますが。


「すぐ明日にでも向かいましょう。手遅れになる前に」


 は、と頭を下げるカリンに。


 ごめんなさいね、と。


 己の無能を否定できない心中にて、小さく告げたのでした。






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