6. 従者は拾った

「回収した。いつでもいい」

「了解! やれ、ルーシィ!」

「はいはーいっ」


 レンとルーシィの声が煙の中より返り、ベルが私を抱えて跳んだ、次の瞬間。


 爆撃の如き轟音と共に、大地が破砕しました。


 岩盤からめくり返したとさえ思えるほどの威力。割られた地面は吹き荒ぶ烈風と共に、煙も革命軍も巻き込んで飛散していきます。


 そんな破壊の渦中にあり、しかし私はベルに抱えられたまま中空にてふよふよと、柔らかな風に守られながら、その爆心地へゆっくり降り立ちました。白煙を洗い流す一撃の後、私とベルの両隣に立つ、二人の騎士。


 長槍の切っ先を、半身に踏み込んだ左足先へ傾げて構える、レン。


 身の丈を超える戦斧、極厚の刃を大地へめりこませた、ルーシィ。


「お前たち、は……」


 声に顔を向ければ、地に伏す隊長の姿。


 私がベルの手を離れると、右隣には長槍を回し背中へと収めるレンが、左には戦斧を片手で肩に担ぎ上げるルーシィが、静かに並び立ちます。


 三人の騎士を侍らせる私は、神妙に眉を立て、息を吸い。


「――私はただの農家の娘、エリーです」

「「「嘘を吐けえ――ッ!」」」


 遠く、後方の警戒にあたっていたのでしょう革命軍の一団が躍り出まして、叫びと共に一斉射撃しました。連続する発砲音に鉛弾が風を突き抜けて迫り、私たちへと着弾――することなく、真正面に立ち塞がったレンの槍とルーシィの斧に一つ残らず叩き落とされます。


 うーん。上位貴族の戦いぶりを見慣れてると麻痺しますが、中位以下の貴族騎士も大概人間辞めてますよねえ。そもそもカリンが中位程度の魔法使いなのですけど。


「クソ、貴族だと油断するな。こいつらとんでもない手練れだぞ!」

「王都の連中は何だったんだ、まるで格が違うじゃねえか……!?」


 射撃の手を止め、こちらの出方を伺う革命軍の中で交わされる言葉に、レンは小声で、


「仮にも騎士ってのもあるっすけど、俺らは近衛っすからねえ」

「民を守護するは貴族の務め。でもアタシたち、エリー様を守るのが第一命だから」

「相手が平民だろうと、姫に危害を加えるのなら、容赦はしない」


 そう、これは一般的な貴族と、彼女らの決定的な違い。


 主たる王を守護するためにある近衛騎士は、民を守る使命がゆえに民を傷つけられないという、貴族の本質から唯一逸脱できる存在なのでした。


 ……もしかして、私が王都から、精鋭だけ引き連れてさっさと逃がされたのはこのためでしょうか? むむ、何やらキナ臭くなってきましたねえと呑気に首を捻っていれば、こちらを睨んだまま動かない革命軍の後詰めに対して、ベルが右腕を真上に、人差し指を立てました。


 釣られて見上げれば、遥か高く、空より落ちてくる一本の矢じり。


 あっ、と思うよりも先に、レンが私を庇うように被さり、ルーシィは斧を担いで掲げ、ベルはしれっとフードで顔を隠します。


 瞬間――光が爆発しました。


 白一色に染まる世界。耳をつんざく高音。矢じりに括りつけられた、先ほど隊長からついでに拝借した投擲物、閃光弾が破裂し、革命軍の視覚と聴覚を奪い去ります。さて、光と音が止んだところで反撃でしょうかと、レンの身体の隙間から顔を上げれば、


「遅くなりました。エリー様」


 既に終わっていました。倒れ伏す革命軍の後詰め部隊、その中央にカリンが立っています。


 各々構えを解く近衛たちを背に、私はほっと胸を撫で下ろし、こちらへ歩いてくるカリンへ声を掛けます。


「どうですか、彼らは」

「間違いなく我が国の民たちです。本能的に殴り辛さを感じます。……エリー様をお守りする、という使命感には勝りませんが」


 顎に手を当てたカリンが近衛の三人へと目を向ければ、彼女たちもまたうんうんと頷いて同意します。何やら獣の如き直観にて革命軍の素性を看破していますが、かくいう私も何となく『守らなければならない者たちだ』という感覚がありますので大概でしょうか。


 さて。ならば問わなければならないことは山積みなのです。視界の端、未だ倒れ伏して動けないでいる革命軍の隊長へと目を向ければ、


「君は……。いや、あなたは」


 呆然と、されど悟りを得たように呟く彼の、眉間に寄ったしわが薄くなり。


 フッ、とこぼれたのは、小さな笑み。


「探しておりました、アリシア姫。我らの『王』がお待ちです」

「……私は行き倒れの騎士を偶然四人ほど拾っただけの、農家の娘のエリーです」

「「「いやもう無理ありますって」」」


 その場に居合わせた全員、革命軍からさえも容赦の無いツッコミが入りまして。


 しかし、私へと向けられた隊長の、強い眼差しに。


 この青髪は、どう映っていたのでしょうか。






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