5. 隠者系弓手

「薄青の、髪。……忌みの青か」


 腹に据えかねる怒りを滲ませたような、その、言葉に。


 思わずといった体で、目を見開き、唇を噛む私の所作は、きっと身内でさえ欺いてみせる完成度だったのではないでしょうか。


 何せ、半分は、演技では無かったのですから。


「まるで、奴隷のような身なりではないか。……王都はこんな小娘を農奴として扱うほどに、落ちぶれていたというのか?」


 おっとさり気なく酷い言われようですね私も民たちも。やはりこの姿はやり過ぎだったでしょうかと少々反省しつつ、背後を見やれば皆さん物凄い勢いで首を横にブンブンと……振りたい衝動を苦渋と共に噛み締めながら、実に味わい深い表情で沈黙を貫いておりました。


 我が国ながら、空気の読める素晴らしい民ですとも、ええ。


 そんな彼らの様子を見届けた隊長は、遺憾に顔をまたしかめつつも、私の肩へ手を置き、


「大丈夫だ。……私たちは、君の味方だ」


 努めて穏やかな声音で、そう告げました。


 背中を軽く押され、隊長の背後へと庇われるように回り込みます。彼に付き従う者たちもまた、私へ小さく頷いた後、改めて、さらに険しい顔を村人たちへと向けました。


「話を戻そう。貴族の所在に心当たりがあれば、隠さず話してくれ」


 うーん、村の方々の極めて微妙な表情に胸が痛く、しかし私が原因で被せてしまった汚名なれば、今すぐにでも返上しなければならないでしょう。心を決めつつ、さりげなく背後へ一歩を踏みます。見据えるのは隊長の腰裏、そこに吊るされた、手の平サイズの投擲物が三つ。


 一つはおおよそ球体、もう二つは円筒。その内、スプレー缶にも似て太った円筒を確認し。


 私は身体の横、力を抜いて垂らした右手の指を、三本立てます。


 今この瞬間も、私の一挙手一投足を逃さず捉えているでしょう、彼女らへ向けて。


 三。


 二。


 一。


「失礼しますね」

「は?」


 振り向く隊長の困惑も尻目に。


 彼の腰から拝借した太い円筒の留め金を引き抜き、レバーを握って足元へ叩きつけました。


 瞬間、圧縮された空気が噴き出す音と共に大量の煙が排出されます。一瞬にして農村の入り口は白い闇に閉ざされ、周囲からは革命軍の咳き込む声が。隊長は隠しきれない焦りと共に隊員へ叫び指示を飛ばしていますが、誰一人として思うように動けないようです。突然自陣のド真ん中に煙を焚かれてはたまりませんものね。


 私はと言いますと、隊長の背から数歩だけ後退した場所、布陣の空白地帯に伏せておりました。単純に、この濃霧の中で迷いなく動ける自信は無かった、というのもありますが。


 彼女らのことは、心より信頼しておりますので。


「クソッ、とにかく煙の外へ……ぐあッ!?」

「オイどうした!? 何が、ガハッ!」

「敵襲! 敵襲――!」


 風のごとく駆ける足音に、立て続く打撃音と苦悶の声。


 さらに私の頭上、煙を突き抜けて飛来したのは、


「狙撃、弓矢だと!? この煙の中でどうやって……ッ!」

「やめろ撃つな! 味方に当てる気か!?」


 唐突に視界を奪われたところへ間髪入れずの奇襲。混乱から立ち直る間もなく、革命軍の隊員は成すすべなく倒れていきます。


 一方私は我関せずとばかりに、ひたすら亀と化して成り行きを見守っていたところ、


「……あまり無茶をしないでほしい」


 耳元、呆れと共に落とされた呟きに、苦笑します。


「手間をかけますね、ベル。でも、背中は任せておりますから」

「騎士より先に突っ込んでいく姫がどこにいるのか」


 ここですかねえ、とでも言おうものなら睨まれそうなので黙るとして。顔を上げれば、煙たい視界の中に、黒の外套を目深に被った紫髪の少女がおります。弓と矢筒を背負った我が近衛の弓手、ベル・ファウザンは私の手を引いて立ち上がらせながら、


「移動する。こっちへ」

「はい。ああ、そうでした。コレは渡しておきますね」


 ついでにと手渡した二つの物に、分かりやすく眉をしかめました。


「手癖が悪過ぎる。これが姫のやることか」

「護衛の懐から鍵の一つや二つ抜き取るのは、王族の子なら必修事項ですよ?」


 言葉も無い、と首を横に振るベルに、私は苦笑します。仮にも主たる姫を相手に、歯に衣着せぬ淡々とした物言いですが、こういう遠慮の無いやり取りができるのは良いものです。


 などと考えている私を尻目に、ベルは手渡した内の一つを手早く矢の先端に巻き、ほぼ真上へと撃ち上げました。その行く先を見届けることもせず、煙の向こう側へと声を上げます。


「回収した。いつでもいい」

「了解! やれ、ルーシィ!」

「はいはーいっ」






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