4. あ? ねぇよそんなもん

 静寂が、農村に広がります。


 突然響いた聞き慣れない音に、大人も子供も一様に、不思議そうな顔で空を見上げたり、辺りを見渡したりしています。咄嗟に、頭を抱えて地に伏せるなどという怪しいただしい行動を取ったのは私とカリンだけ。腕の隙間から手早く周囲を見回し、被害が無いことを確認して、何事もなかったかのように姿勢を正してすまし顔を作ります。すると、


「失礼。獣払いをした」


 男性の、低い声が届きました。


 顔を向ければあぜ道の向こう、三十代半ばくらいかと思われる精悍な顔つきの男性が、村へと足を踏み入れてくるところでした。濃い藍色の装いは、首元から手足首までを厚手の生地で几帳面に覆います。羽織る黒のジャケットには、胸元から腹まで並んだ複数のポケット。厚底のブーツで剥き出しの土を踏みしめ、立ち止まりました。彼の背後からも、同じ格好をした一団が続き、数歩後ろで止まります。


「仕事中に申し訳ない。一度手を止め、こちらに集まっていただきたい」


 叫ばずとも通る太い声。


 見慣れぬ装いに、一際目を引くのは、黒のグローブをはめた両手の内。


 胸前に抱えるように保持する、鈍い黒の長筒。持ち手に引き金、遠眼鏡に弾倉を備えたソレを、私たちは既にこう呼んでいました。


 銃器、と。


 私とカリンを含め、柵で囲われた入口へ集まった村人たちに、先頭の彼――革命軍の、おそらくは隊長格なのでしょう――は続けます。


「王都を逃れた貴族が、この近辺に潜伏しているとの情報があった。心当たりがあれば教えてほしい。悪いようにはしない」


 言葉に、にわかにざわめく村人たち。ようやくこの剣呑な雰囲気に察しがついたのか、互いに顔を寄せてひそひそと「……エリー様?」「エリー様じゃね」「ひめさまー」って満場一致で即バレしてるじゃないですか! ま、まあ向こうに聞こえない程度の小声ではありますが、しかし私たちに視線が集えばさすがに気付かれるでしょう。


 ううむ、もう少し人混みに紛れて様子を見たかったですが、仕方ありませんね。ふう、と小さく息を吐き、背後のカリンへ、視線は向けることなく小声で話しかけます。


「プランBで行きます。後ろは任せましたよ、リン」


 僅かな逡巡の雰囲気。されど、軽く頭を下げる気配を背に、私は歩き出します。人々の間を静かな足取りで、さりげなく視線を避けながら、前へ。人混みを潜るように身体を滑り込ませて……見えました、青黒い装いの革命軍です。


 こうして見ると、やはり『青』なのですね。改めて事実を認識しつつ、一息。人波が途切れる一歩手前にて、背丈のある村人の背後につきます。


 ごめんなさい、と心の中で頭を下げ。


 極めて軽く、片脚の膝裏を蹴って崩しました。


 おわ、と落ちる腰を私は背中で受け止め、弾き出された体で躓きながら人混みの外へ、すなわち革命軍の真正面へ倒れ込みます。いたた、と呟いて女の子座りに地べたへ腰を下ろす演技は、我ながらかなり自然だったかと思います。なにせ、実際に痛かったですからね。


「おい、そこの娘。――こちらへ来なさい」


 隊長格と思われる男性から投げられた言葉に、肩を跳ねさせます。続いておどおどと、身体を縮こませて、軽く擦りむいた膝をさすりながら立ち上がりました。さりげなく横目で背後を確認。よし、先ほど膝を蹴らせていただいた男性は、何があったか気付いていないようで、辺りをきょろきょろと見回しておりました。


「わ、私、ですか」

「ああ。怯えなくていい」


 その物言いは、年端も行かない少女なら怖がりますよねえ。


 苦笑したくなる思いを胸一杯に秘めつつ、両手を胸前に組んで僅かに俯きながら、覚束ない足取りでゆっくりと歩き出します。「あ、エリー様だ」「なんかヤバくね」「処すか?」って村人の皆さん、お願いですから早まらないでくださいねー? 背中に感じる根拠不明にて絶対なる謎の信頼は嬉し恥ずかし、隊長の前へと立ちました。


 おずおずと顔を上げれば、厳格そうな隊長の強面に、眉間へ寄るしわが深くなって。


「薄青の、髪。……忌みの青か」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る