3. 強き者の責務《ノブレス・オブリージュ》
日も高くなりましてお昼時。
食事がてら休憩にしましょうと、各々自由行動と相成りました。私はと言いますと、カリンと共に木陰へ腰を下ろして、サンドイッチなどいただきながら村の風景を眺めております。大人たちが思い思いに休みなど取る中、束の間の暇を得た子供たちが、広い田畑を元気に駆け回ります。長閑ですねえ、などと頬を緩ませていれば、こちらの視線に気付いた子供たちが、元気に手を振ってくれました。
「「「エリー様――!」」」
「近衛はまだしも、どうして子供たちまで様付けするのでしょうね?」
「本能で仕えるべき御方であると理解しているのではないでしょうか」
「この国の民たちは獣か何かですか?」
身分を隠し名を偽り、見た目まで相当に変えているのですが。道行く大人たちも何故か揃って様付けしながら会釈していきます。どう考えても、つい最近転がり込んできた素性の怪しい娘に対する態度ではありませんね、民度の高さは良いことなのですけど。
筆舌に尽くしがたい遺憾の意を口の中でもにょもにょと転がしつつ、されどどこまでも穏やかな、平和な農村の空気に胸を満たされながら、
「……やはり、不可解です」
ふう、と短く息を吐きます。隣、正座のカリンは小さく頭を下げつつ、
「王都の状況ですが、王家四皇、国王夫妻含め健在とのことです。しかし王宮周辺の城下町までを敵軍に包囲されており、状況は膠着しています」
「元より一朝一夕に落とせる中枢ではありませんが、さすがはユリウスにお父様たちと言うべきでしょうね。しかし……」
改めて、辺りを見渡します。
あまりにも変わりのない、平穏そのものとしか言いようがない、我が国の日常を。
カリンが、言葉を探すように続けました。
「革命など、起きていないかのようです」
「実際に、そう言えるでしょうね。郊外と言えどここも王都、その生命線たる農耕地です。仮にも革命などと軍を挙げるならば、拠点か、せめて支配下にあるべきでしょう」
そう見立てたからこそ、王都を逃れた私は、まずこの場所を目指したのです。
だと言うのに。
「まるで蚊帳の外です。元凶どころか、関係者ですらありません」
「民たちが言っておりました。「王都に作物を卸せず困っている」と」
ならば、そういうことなのでしょう。
私は顎に手を当て、かねてより抱えていた疑念を、結論として言葉にします。
「これは『市民革命』ではありません」
平民による王位の簒奪。王家貴族が独占する集権構造の打破と民主化。国政を成す主権を民の手に握ることを目的とする。それこそが、革命のあるべき姿かと存じます。
その中心に、民が居ない。
にもかかわらず、王都は襲撃され、現王政を脅かされようとしている。
「目的と手段が、滅茶苦茶です」
あるいは。
「王族、貴族の打倒そのものが目的……。あるいはその先に、何かを求める手段とすれば」
「他国の襲撃、という可能性は」
「考えたくない、という感情を差し置いても、低いかと思います。どの国とも関係は概ね良好ですし、首都に対して直接奇襲を仕掛けられる方法がありません。そういう魔法、と言ってしまえばそれまでではありますが……。何より、他国の主力クラスが攻め込んでいるなら、こんな膠着した状況には陥らないでしょう」
苦笑を漏らせば、カリンは神妙に頷いてみせます。そう、我がハーノイマン王国に並び立つ他国にもまた、同じように、王家四皇に比肩する魔法の使い手が居るのです。そんな者たちが正面切って殴り合っているのならば……首都など、とっくに更地になっていますよね。
現代においては、武力による抗争を起こすことそのものが悪手の極み。しかし敵は革命という大義名分の下、王家に対して実力を行使してきました。
その結果として、この膠着があるというならば。
「知られて、いるのでしょうか。こちらの弱点……我が国の貴族が抱える、弱みを」
「やはり――」
カリンが続けようとした言葉は、
「少し、よろしいですかな?」
ほっほっほ、と穏やかな老爺の笑い声に、遮られました。
顔を向ければ、白髪に髭を蓄えた、細く身綺麗なお爺さんが立っていました。杖を傍らにゆっくりと腰を下ろし、両目を細める彼へ、私は姿勢を正し、軽く頭を下げます。
「お世話になっております、老ソレイユ卿」
土家ランディールに属する家系、この農村を管轄する下位貴族です。
今年で確か七十も半ばを超えようとする彼は、長い顎髭を撫でながら、
「いえいえ、今朝からも畑仕事を手伝っていただいたようで。民たちも喜んでおります」
「こちらこそ、このような時にご迷惑をおかけしまして。素性も分からぬ身でありながら、温かく迎えてくださったこと、感謝しております」
そんなそんな、いえいえ、などと。物腰柔らかくも互いに頑固な謙遜の応酬はご愛敬。挨拶も済んだところで、ソレイユが畑へと顔を向ければ、手を振る子供たちの傍らで、大人たちが腕を上下に振っています。まるで「頼むから座っててくれ」とでも言うかのような所作に、ソレイユはまた穏やかな笑い声を漏らします。
「儂も畑に出たいところなのですが、皆揃ってあのような調子で。最近は魔法で土を豊かにするだけで、他の仕事は全て民に取られてしまいます」
「良いことではありませんか。ソレイユの領地は特に作物の質も良いと、王都でも評判は聞き及んでおります」
「これは、お恥ずかしい限りで。……本気を出せば、向こう十年、耕作要らずの大豊作にすることくらいは造作もないのですが」
「身体は本当に労わってくださいね? あと供給過多も困りものですよ?」
冗談冗談と笑う好々爺ですが、細めた目が笑っていませんでした。大人たちも全力で首と手の平を横に振っております。うーんやはり下位と言えど貴族ですねえ。ワーカーホリックが身に染み付き過ぎではないでしょうか。カリンも微妙な視線を向けています。
私は一つ、小さく息を吐いて、ソレイユへ指を立てて見せ、
「魔法でしかできないことがあり、それこそが貴族の負うべき責務です。力があるからと民をないがしろにし、何でもかんでも自分一人でやればいいというものではありませんよ?」
「これはこれは、手厳しい。まるで王室の方に諭されているようですな」
うぐ、と思わず目を逸らせば、ソレイユはまたほっほっほと愉快な笑みを漏らします。再び杖を突いてゆっくりと立ち上がり、よいしょと一息ついて、
「まさしく、その通り。貴族たるこの身は民のためにあり、民の幸福をもって我が幸福とするもの。守るべき者たちではございますが、彼らの望みを無下にすることは、できますまい」
軽く頭を下げるソレイユに倣い、私とカリンも立ち上がり、礼を返します。
「老いぼれの世間話にお付き合いいただき、ありがとうございました。年を取ると、若者とのお喋りばかりが楽しみになっていかんですな」
「いえ、私も楽しかったです。しばらくご厄介になりますが、よろしくお願いいたします」
ソレイユは踵を返し、ゆっくりとあぜ道を歩いてゆきます。手にした杖を突くたび、魔力が地面へと注がれ、淡い光を灯して広がります。その後には、若い緑の新芽がぽこりぽこりと、顔を出して彼の足取りを彩っていきました。
ソレイユの背中を見送ること、しばし。カリンは私に顔を寄せ、耳打ちします。
「聞かれていたでしょうか。――斬りますか、エリー様」
「不要ですし、これもきっと聞かれていますよリン。この地は彼の領域ですから」
差し出がましいことをいたしました、とカリンは跪き、頭を下げます。そういうのもいいですから、と私はカリンを立ち上がらせて、
「全て聞いて察した上で、ということです。己が無関係である現状も良しとしていない、それだけの真っ当な、ただの貴族の一人ですとも。問題はやはり、この一件、実態は市民革命と呼べないにもかかわらず、我が国の民が蜂起したには違いないということです」
この状況を、不可解に思うのは彼もまた同じ。ゆえに私たちの認識を再確認し、方針をすり合わせに来た。すなわち、我が国の誇るバケモノ中央貴族たちが、なぜ平民を相手に手も足も出せずにいるのか。
その理由、ただ一つの答えに、私は腕を組んで首を傾げ、うーんと唸りながら。
「ウチの貴族、国民相手に戦争できないですからねえ……」
全ては『
私の生誕祭など、厳格なルールに縛られるならばいざ知らず。本来守るべき者たちから本気の刃を向けられては、途端に無力となるのが我がハーノイマンのヘタレ貴族なのでした。
「民の謀反などハナから頭に無い、というのは美徳なのですけどね……。それにしても、武装蜂起してしまうほど、一体何が不満だったのでしょうか……?」
身内の贔屓目ではありますが、ごくごく平和な国だと思っていたのですがねえ……。隣では、カリンもまた困り果てた様子で首を傾げています。はてさて、不可解も多く課題も山積みなこの一件、どう向き合うべきかと、こめかみをグリグリしながら頭を悩ませていれば。
くぐもった、破裂音。
圧縮された火薬が爆ぜるような響きが、空を高く震わせました。
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