2. ッス系タラシ・剛腕系メスガキ
さくりさくりと、鍬の刃で土を掘り、盛り上げていきます。
ふう、と額を拭って顔を上げれば、柔らかに耕された畑と、収穫を待ちわびる作物たちが、一面に広がっています。王都郊外、南部に位置する山間の農村に築かれた大穀倉地は、暖かな日差しに照らされて青々と色づいていました。
うーん、いい天気。心地よい風です。思わずと目を細め、頬を緩ませてしまいます。なお現在がのっぴきならない戦時下であることなど、姫たる精神をもってすれば一時その辺に捨て置くくらいは造作もないことでありますとも。王家にて鍛えられた現実逃避、あらゆる煩悶は奥底へと押し込めて、死んだ心が秘かに泣いております。
「できれば、視察とかで訪れたかったですね……」
「それだと農作業できないっすけどね。姫様的には都合良かったんじゃないっすか?」
「さすがに国家の危機と自分の趣味を天秤にかけるほど狂ってませんよ? あと姫様は止めてくださいね、レン?」
蓮っ葉な物言いに苦笑しつつ振り返れば、橙色の髪を肩口に揺らす少女が立っておりました。若草色のワンピースに、白エプロンと頭巾を巻いた町娘の装い。鍬を傍らに立て、遠く、王都の方角を見つめております。
我が近衛騎士の一人、一番槍のレン・オーランドです。
私の言葉に振り返れば、いやいやと、笑って手を振りながら、
「冗談、冗談っすよ。ええと、え、エリー……、様……ッ!」
「分かりました。お願いですから血を吐くほど奥歯を噛まないでくださいレン」
心底の苦渋が口の端から赤い筋となって垂れ流されます。しかしどうしましょうねコレ。年端もいかない農家の小娘に、行き倒れの従者が二人とかこの国の治安を疑われてしまいます。仮にも一国の主たるものとしてこの設定はいかがなものかと、私が眉間を揉んでいれば、
「まあ大丈夫じゃないっすか? 過労で倒れる騎士貴族なんてしょっちゅうですし」
レンは袖でぐしぐしと口元を拭い、ザクザク景気良く畑を耕しに戻ります。うーん、すごく良い手際です。確か実家は土家の系統でしたっけ。
「確かに、ウチの貴族も騎士も現場主義者ばかりですからねえ……。私的にはもっと自分を大事にしてほしいのですけど」
「ソレ言ったら全員から総ツッコミ入るっすよ、エリー様」
「あ、あはは……」
私の傷んだ青髪を見るレンの視線に、さっと顔を逸らしました。お前じゃい、とでも言いたげな、ともすれば不敬とも取られかねないレンの遠慮ない態度ですが、私的にはこの気安さが結構有難かったりもします。中々友人のような距離感で接する相手もいないものでして。
誤魔化しがてら頬を掻く私に、しかしレンは「ふむ」と顎に手を当てると、
「それにしても、よりによって青髪はどうなんだと思いましたけど……。コレはコレでいいもんっすね! 綺麗で似合ってるっすよ!」
ニッと歯を見せる満面の笑顔に、うおっと思わず手をかざします! 眩しい! 一切含むところのない心からの褒め言葉に、照れより先にただ眩しさだけが勝ります! 普段から裏表のないレンだからこそできる所業でしょうか、などと要らない邪推をしていれば、
「あーっ、ざこざこのレンちゃんが姫様口説いてるーっ! ちょっとキモイんだけどー?」
「うげっ、ルーシィかよ……」
小川の方から、両手に六つの桶一杯に水を汲んで、歩いてくる長い桃色髪の少女。二つに括った髪先を左右に揺らし、挑発的な言葉と重ねて、両目を細めて眉を八の字に歪めます。
近衛騎士のルーシィ・ストレイン。装いは同じく平民服なれど、上手に組み合わせたコーディネイトで白桃フリルのドレスのように着こなしています。
近衛随一のお洒落さんは、私へ笑顔を作り、桶を下げたままの両腕を上げて手を振ると、
「はろはろーっ! 今日も可愛いね姫さ……、あ、姫様ダメだっけ? ええと、エリー……、様……ッ!」
「もういいんですよルーシィ。ベルにも伝えてあげてください。奥歯砕くと仕事に支障が出るでしょうし」
はーい、と先刻までの苦渋吐血顔はどこへやら。片足上げて手を上げて爽やか笑顔のルーシィですが、重たく揺れる六つの水桶をものともせず、一滴たりともこぼさない圧倒的な体幹と体捌きはさすが近衛騎士、王国有数の実力者といったところでしょうか。いや、そもそも人間業なんですかね。視界の端ではレンが秘かにドン引きしております。
そんなレンへ、ルーシィは前かがみ上目遣いに左手を口元へ置いて、
「エリー様に色目使うとかあ、リン様に知られたら殺されちゃうよー? あ、それとも殴られたくてわざとやってる? 何よもー言ってくれれば私がいぢめてあげるのにーっ!」
「頼むから人の言葉を喋ってくれ」
「うわ寒っ。言い返せないからってマジレスとか最悪なんですけど。空気読めなーい」
「あのエリー様、何でこんなのが近衛やってるんすか」
「ウチはともあれ実力主義ですので……?」
イエーイ、と右目にピース、ウインクバチコーン決めるルーシィにレンが項垂れます。
うーん、確かに騎士としては
「俺が言うのも何ですけど、エリー様も大概基準おかしいっすよね」
「いやまあ、普段からもっと凄まじいキワモノに囲まれてますし……?」
主に王家とか四皇とか。話が通じるだけやりやすいかなと思います。特に彼ら、ホウレンソウもなく突飛な行動に走ったかと思えば、勝手に凄まじい成果を挙げてくるスタンスですので。結果が伴うのは良いとしても、こっちとしては心労が絶えないのですよね。
「まーその辺アタシら、エリー様リン様の指揮下以外で動かないからねー」
「むしろ動く裁量が無いんだけどな。イチ騎士でしかないから当たり前だけど」
「あなた方にも苦労をかけますね……。何か思うところや動き辛さを感じたらすぐに伝えてくださいね? こちらとしても、何も束縛する意図はありませんので」
「ないない、そんなのないってーっ! 近衛の本分は果たせてるんだから十分だよーっ!
……まあ、個人的には、無いことも無いけどね」
頭を傾け視線を斜め下に落とし、ヘッと口の端を歪めるルーシィ。あっ、コレ結構深刻な奴です。唐突に噴き出す負のオーラ、仮にも上司として相談に乗るべきでしょうかとあわあわしていれば、しかし当のルーシィはすぐ気を取り直したように、ケロッとした笑顔を浮かべ、両腕に吊るした水桶を掲げると、
「それじゃあ、先にコレ運んできちゃうねー。……アタシの髪は、褒めないクセに」
「ん? なんか言ったかルーシィ?」
レ、レン!? 思わずバッとレンを振り返る私の視界の端、ルーシィが無表情に死んだ目をしています! 難聴! 難聴ですよこのタイミングで! なるほどこれが悩みの種ですねと納得しつつ、しかし私では力になれない問題ではないでしょうかと、ルーシィを見れば僅かに肩を落としてトボトボと歩いて、ああ、桶からも水をこぼしまくってびっちゃびちゃです。
あ、そういえばと、レンをまた振り返り、
「ええと、風の噂で聞いたのですが、何やらルーシィとベルに――」
私が言いかけると、レンの足元に、一本の矢がストンと刺さりました。
羽の根元に、紙が巻いてあります。ええと、矢文ですかねコレ。何とは無しに引き抜いて、手紙を広げてみれば、
『ルーシィ泣かしてんじゃねえぞ。ぶち犯されたいのかレン。 ――ベル』
「ええと、レン? これは……」
恐る恐る、振り向くと、
「俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ俺はノンケ……」
青ざめた顔で身体を抱いたレンが、ガチガチと震えておりまして。
「エリー様、ただいま戻り……。何か、ございましたか?」
「お帰りなさいリン。いえ少し、その、恋愛とは難しいものですね、と……」
無表情に首を傾げるカリンを、尻目に。
割と心の底から本気の同情にて、私はレンの背中をさすっておりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます