5. わっふるわっふる

「レンがルーシィにプロポーズされたようです」

「ぶふぉお」

「アリシア様!?」


 わたわたと慌てるカリンを、右手の平を立てて止めます。緑の噴水を上げゴッホゴッホとむせ返る私は、ハンカチで素早く口元を拭い、一息吐いてから、


「レンもルーシィも、女性でしたよね……?」

「はい。「私の子を産んで欲しい」だそうで」

「あ、あらやだ情熱的……」


 男性から女性への求婚にしても過激ですねソレ。女性騎士同士となればもう意味が分かりませんが熱意だけは伝わってきますとも。祭りの空気に当てられたのでしょうか、近衛騎士の間でとんでもない恋愛模様が展開されているようです。


 やおら高鳴る鼓動を胸に手を当て深呼吸にて抑え、抹茶オレを一口。やや熱をもつ頬を扇ぎながら、気を取り直してカリンへと向き直ります。


「そ、それでレンは何と答えたのですか!?」

「いえ、それがまだ返事はできていないようで」

「葛藤しているのですね!? 確かに障害の多い道ですとも、そう簡単に答えは――」

「ええ、どうやら直後にベルにも告白されたようで」

「ごっぱあ」

「アリシア様!?」


 再び緑の噴水を上げながらカリンへ右手を立てて止めます。修羅場です! まさかの三角関係! 私の生誕祭を舞台に女騎士たちの恋物語がクライマックスですか!? いつの間にやら盛り上がっていたのか、まるで知らぬ存ぜぬな私はただただ猛省するばかりです!


「レンにルーシィ、ベルも、いつもの三人ですよね……?」

「ええ、ベルからは「ルーシィを拒むなら僕がお前を孕ませる」とのことで」

「どういう状況になっているのですか!?」


 脅迫! 脅迫ですよコレ! 男性から女性に言おうものなら確実に憲兵案件ですが女性同士ならどうなのでしょう!? いやそれ以前に恋敵を応援するような内容に驚愕です! ベルはそこまでしてレンとルーシィをくっつけたいと言うのですか!? そもそもルーシィもベルもどうやってレンを妊娠させるつもりなのですかもしやアテがあるのですか!?


 壊滅的な情報量に混濁する脳に対し、何故かスッ……と落ち着いていく心。あ、これはアレですね。頭よりも先に心の方が、考えても仕方ないと早々に諦め入れてきたようです。どんな時も慌てず騒がず冷静に、仮にも一国を担う姫として、私ことアリシアが出した結論は、


「……まあ、人生色々ありますよね」

「そうですね……」


 何の解決にもならない丸投げおよび思考停止でした。完全に責任を放棄した宣言ではありますが、何より私自身というか王家は基本的に色々あり過ぎる人生を送っておりますので、無責任さえぶん投げて相手を無理矢理納得させる言葉の重みがあるのです。


 伝家の宝刀を静かに鞘へと収め、抹茶オレを密かに飲んで吐いてを繰り返しながら一息つきます。まあ、どちらにせよこれは当事者同士で解決しなければならない問題でしょう。私には見守ることしかできませんとも。例え王家の力をもってしても、女性同士で子を成すことはできませんので。完全に現実逃避ですかねコレ。


「カリンは、どうするのですか?」

「隊の士気に関わらなければ、放置しようかと」

「ですよね。何か困ったら私に相談してくださいね?」


 は、と軽く頭を下げたカリンですが、何やら口元が僅かにもにょもにょしています。はて、何やらまだ悩みがある様子。私は飲み終えた抹茶オレのカップをベンチに置き、小さく首を傾げます。話したいことがあれば、何でも聞きましょうと、


「私は、アリシア様をお慕いしております」

「げっぼお」

「アリシア様!?」


 胃の底からストレートに緑色を噴水し、顔を抑えうずくまりながらカリンへ右手を立てて止めます、が顔を上げられません。上げられる訳がありません!


 え? え? え? 今なんと? 脳内では難聴を振る舞ってみますが王族たる地獄耳はしっかりと聞きました聞き届けました。突然の衝撃に顔を覆う左手が発火しそうなほどの熱を帯びています。というかここで? このタイミングでですかカリン!? 恐る恐ると周りへ目だけを向ければ民たちが揃って足を止め、やおら熱の籠った眼差しでこちらを凝視しております。


 いや屋台の店主さん両腕を振り上げて「いけ――っ!」ではなくてですね。奥様方も頬に手を当てながら「はかどるわあ」ではなくてですね。あとそこなお嬢さんはお母さんの手を引っ張って「ゆり? ゆり?」ってその概念は市井では一般的なんですか。そしてなぜか最も遠巻きに鼻血を流している貴族諸兄は視線を外さぬまま凄まじい速度で手帳に何かを書き留めておりますがもしかしてソレが全ての元凶ではありませんか。


 いや、そうではありません。これはただの現実逃避ですと心を引き締めます。今もっとも向き合わなければならないのは、隣。この騒動を引き起こした張本人、カリンです。彼女が一体何を思い、何を求めて、先の言葉をを口にしたのか。主として、王として、一人の人間として。真意を問い、受け止めなければなりません。


 そんなご立派な覚悟とは裏腹に、極めておっかなびっくりに、視線を上げてみれば。


 ――カリンは、見たことのない顔をしていました。


 呆けた顔で、口は小さく開けたまま。


「やってしまった」と、余りにも分かりやすい後悔を。


 取り返すように、瞼を伏せ、噛み締めた奥歯で頬を歪ませて。


「続けてください!」


 私は、咄嗟に叫んでいました。


 驚きに目を見開くカリンには、構わず。


 掴みかかるように、熱を帯びたままの顔を寄せて。


「取り消しは許しません。最後まで、最後まで聞かせなさい! カリン・ニーデルフィア!」


 王としての圧力を、隠しもせずにぶつけます。


 ……何やら周りが「いいぞ姫さん! やっちまえ――!」「ヘタレに逃げる隙を与えてはダメよ!」「うけ? せめ?」「良いな、良い……」などと騒がしいのはこの際置いておいて。


 しばし、逡巡するように固まっていたカリンでしたが。


 静かに目を伏せ、再び開いた時には、もういつもの仏頂面に戻っていました。


「私は、アリシア様をお慕いしております」

「……はい」


 改めての言葉。


 私は、ほんの少しの恐れを胸に秘め、受け止めます。


「この想いがあればこそ、例えユリウス殿下が相手であろうと、敗北はありません」

「はい」


 ともすれば、不敬罪にさえ問われかねない大それた言葉。


 けれども、それに勝るとも劣らぬ想いの熱さに、私の身体はにわかに熱を帯びます。


 どこまでも真摯な光を秘める、カリンの美しい瞳に、射貫かれたように四肢が強張って。


「アリシア様の剣となり。騎士としての我が生涯を、全て捧げる所存です」

「……はい?」


 あら? ちょっと疑問形の応答が出てしまいました。


 これって、もしかして?


 いやいや、結論を急いではなりません。遠巻きに見守る周囲も少々、先ほどとは何か違う方向性で騒がしくなってまいりましたが、カリンにとっては一世一代の告白であるはず。無用な先入観など持たず、思いの丈をぶつけてくれる覚悟に見合うよう、私なりに誠心誠意――、


「しかし」

「はい」


 カリンは少し、悩むように視線を下げて。


 言葉を探すように、唇を薄く開いて。


「私には、結婚というものがよく分かりません」

「「「ハイ出たあ――!」」」






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