4. このおはぎも、きっと、とてもうまい

 所は変わりまして、ここは王都の城下町。王子と姫の生誕祭に賑わう大通りを、カリンと二人で歩いております。先のデート権とやらが行使された結果ではありますが、お祭りというだけで普段の街歩きとさほど変わりはありませんね。


「アリシア姫様、本日はおめでとうございます」

「ひめさま、ごけっこんおめでとー!」

「おう、めでたいなお姫さん! 赤飯炊くか!?」

「ありがとうございます。色々と気が早くありませんか?」


 などと、声をかけてくれる人々に手を振り会釈しながら通りを行きます。ええ、まだそこまでは行っておりませんとも。時間の問題ではありますが。近衛の女騎士との王子という究極の二択を迫られている状況ですが。


 少々の前後不覚と溜め息は鍛え上げた精神力で堪えつつ、隣を見上げればカリンはいつもの鉄面皮で……はありませんでした。なんだか、微妙に表情筋が緩んでいるような、お祭りの空気を楽しんでいるような? 気のせいでしょうか、と首を傾げれば、よく気が付く騎士は私を見てまばたきを一つ。すぐに口を引き結び眉を立てて、キリリといつものように顔を強張らせてしまいました。


 どうやら気のせいではなかったようです。そういえば前後が衝撃的過ぎて忘れていましたが、四皇とユリウスを相手に大立ち回りを繰り広げた直後なのでした。ちょっと人間辞めた領域に居るとはいえ、さすがに疲れがあるはずなのです。


「カリン、少し待っていてくださいね」

「いえ。アリシア様、私は」

「いいですから。王族命令です!」


 私は敢えてドヤ顔で偉そうに言いまして、カリンを押して最寄りのベンチに座らせます。口がやや開き気味なのは慌てているのでしょうが、きっちり言い含めて大人しくさせます。


 さて、ようやくカリンが諦めてくれたところで、私は顔を上げて周りを見渡します。多くの人々や出店で賑わう大通り。あちらこちらから漂う美味しい匂いの中で、先ほどちょっと意識の端に引っ掛かった、珍しい香りの元を探り当てます。


 屋台の男性に指を二本立て、小さな紙袋に包まれたソレをいただきます。お代は要らないと言われましたがきっちりお金を押し付けて、カリンの下へ。どこか心配そうな面持ちで待っていた彼女へ、紙袋を一つ差し出します。


「お待たせしました。たい焼き、という鬼の国名物だそうですよ。とても可愛らしいですね! あんこなる煮豆が入っているそうで、あ、カリンは甘い物は大丈夫でしたっけ?」

「は。何でも食べます」


 それは良かったと、カリンの隣に腰掛けて包みを解きます。顔を出したのは可愛らしくデフォルメされた魚の形をした焼き菓子。なんだか噛み付くのが申し訳なく、少し悩んでから、背びれをいただくことにしました。ふわあ、外はカリカリ中はふわふわ、詰まった黒豆の甘煮がまろやかで、コレはとても良いものですね!


 思わず頬も緩み、隣を見ればカリンも首を傾げつつも頭から一口。一気にエラ元まで、完全に一撃で仕留めに行きましたね。らしいと言えばらしいのですが、しかし口一杯に頬張ったたい焼きを、細い頬を膨らませてもぐもぐと咀嚼する姿は野生のリスを思わせます。


「どうですか? 美味しいですか?」

「ふぉへも、おうぃひゅうふぉふぁいまふ」

「良かったです。あとごめんなさいね、食べてからでいいですよ?」


 ふぁ、とカリンは律儀に返事をして、少し時間をかけて飲み込んでいきます。時折ですが、変に小動物的な可愛らしさを見せるのですよね。そんなことを侍女たちへ軽く話してみたら「もっと詳しく」と詰め寄られて大変でした。いや、割と折に触れては見せてくれる姿なのですが、そんなに物珍しいでしょうか。


 詮無いことを考えながらたい焼きを頬張っていますと、ふとカリンが顔を上げました。眉間にしわを寄せ、目を鋭く細めて。どうしたのでしょう、とは考えるまでもありませんでした。


「アリシア様。申し訳ございません、少し」

「いえいえ。近衛でトラブルがあったのですね?」


 は? とカリンが少し目を丸くして首を傾げます。何故、とでも問うような様子に、私は逆に「はて?」と首を傾げて返し、


「視線の方向がそうでしたので……。多分、レンの配置ですよね? ええと、あ、ほら居ました。ふふっ、可愛らしいワンピースですね。今日はお忍びモードです」

「近衛の配置を……把握していらっしゃるのですか」

「え? はい、さすがに非番まで全員とは行きませんけど。あそこで買い物をしているのがルーシィ、屋根の上に屈んでいるのがベル、ですよね? いつも護衛についてくれている三人なら、大体は把握してますよ?」


 答えると、カリンは右手で顔を覆って俯いてしまいました。あ、あら? これはもしかしてやってしまったのでしょうか。恐る恐ると声を掛ければ、顔を上げたカリンは溜め息を一つ。


「いえ、私共もまだまだだと。説教が一つ増えただけです」

「お、大目に見てあげてくださいね……?」


 軽く頭を下げ、小走りに人混みの向こうを目指すカリンの背を見送ります。


 その先に居たのは、橙色の髪を肩で切り揃えた十代半ばの女性です。町娘らしい質素な白ワンピースで、無表情のカリンへ必死に頭を下げています。


 ふむ、カリンを含めて四人、私にとってはお馴染みの近衛たちですが、日々どこに身を潜めているか、探すのが密かな趣味になってるのは黙ってた方が良いですねコレ。あとカリンのお説教がなるべく軽くなるよう甘い飲み物でも用意しておきましょう。ほうほう、抹茶オレ。これもまた鬼の国由来のようです。甘さとほのかな苦みがとても舌触りの良いお味で、きっとカリンも気に入るでしょう。


 元のベンチに座ってしばし、道行く民たちに手など振りながら待てば、カリンが戻ってきました。手渡した抹茶オレは素直に受け取ってくれましたが、何やら少し深刻な様子です。思うに、大事ではありませんが、話すべきか悩ましい、と言った具合でしょうか。


 ええ、良いんですよカリン。言い辛いことなら無理に話さずとも。そんな思いを込めて微笑めば、カリンはハッと目を少し見開きました。抹茶オレを一口含む私へ、意を決したように身体ごと向き直り、


「レンがルーシィにプロポーズされたようです」

「ぶふぉお」

「アリシア様!?」






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