2. もう一人の僕
「お父様も、ユー君も、真面目なんだねえ」
ふと、そんなことを言います。意味が分からず、僕が首を傾げれば、
「それってきっと、どっちの自分も捨ててないってことなんだと思うよ。私なんてホラ、気持ち悪くなったら全部吐いちゃうからさ」
「その潔さがある意味羨ましいです……」
でっしょー? と朗らかに、気楽そうに笑う姉様ですが、僕は知っています。年々、吐く回数がお父様に迫りつつあることを。だからと言って、気遣える余裕も資格も、精神崩壊寸前の僕にあるわけがないのですが。
「そんなに辛いなら私みたいにキャラごと変えちゃえばいいのに」
「僕のお姫様像が普段の僕とそんなに離れてなかったんですよう……」
「うーわ、生まれながらのお姫様じゃんユー君。運命だね!?」
「ぶん殴りますよ姉様」
半目で握り拳を作ればきゃーっと姉様は頭を抱えてしゃがみ込みます。もう完全に遊ばれてますねコレ。いつものことだから構いませんけど。
「というか姉様、万が一にも僕らが元に戻る可能性考えてます? もう僕あんな王子様ムーブできませんよ?」
「いやそりゃユー君もそうでしょう。今さら私にお淑やかお姫様ができると思う? というか、ユー君身長止まっちゃうし、私まだ伸びてるし、体格的にも?」
「もしかして詰んでますコレ?」
「ユー君自分で万が一とか言っちゃうくらいには?」
僕と姉様はしばらく顔を見合わせ、静かに俯きました。
「宿命だね。これは運命だよ、ユー君」
「こんなに悲しい宿命も運命もありますか……?」
ねー、と姉様は空を仰ぎ、ぐいっと両腕を挙げて一伸び。
「もう十一年だもんねえ。そりゃよく分からなくなるもんさ」
「ですねえ……」
思い返すのは、ある意味運命の日とも呼べる時のこと。
五歳の姉弟が揃って迎えた、魔力測定でした。
歴代でも類を見ない圧倒的な魔力。王族に相応しい力をもって生まれた姉に対し。
王位を担うべき弟が、欠片ほどの魔力も持たずに、生まれてきてしまったのです。
忠誠心に厚い測定担当者は、その日の内に、遺書も無く首を吊りました。土の家に生まれた彼は内々にてこの裏庭に埋まり、王室一家には沈痛な空気が重くのしかかる中。
(だったら、
齢五歳の幼女が、国の未来を憂いて、告げた一言を。
一体、誰が否定できましょうか。
そうして僕は、姉のアリシアに。姉様は、弟のユリウスとなり。今日までこの国の象徴として民を導いてきました。何の問題も、ただの一度として、一切なく。
極めて個人的な精神安定はさておき、の話ですが。
「姉様は、ずっと強いですよね」
「強くなんかないよ、意地張ってるだけ」
「あれだけ暴れて全然元気じゃないですか」
「魔力的にはねー。あれくらいならあと五発は行けるよ」
大陸を焼き尽くすつもりですか、と苦笑すれば、ユー君のためなら? と姉様は冗談めかして笑います。
「ユー君みたく、心まで王子様にはなれないよ。こうして元に戻って吐き出すのだって、いつも私から誘ってるんだし」
「僕は……、別に」
別に、なんでしょうか?
心まで変えたつもりは無い、とでも。
今さら、ですよね。
「これは、お父様お母様も言ってたと思うけどさあ」
姉様は数歩を踏み、腰の後ろで手を組んで振り返ります。浮かべた笑顔は、まるで年相応の少女のようで。
「ユー君は全然、王様としても、お姫様としてもやっていけると思うよ」
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