第二章 アリシアはお姉さん

1. 姉姫×弟王子、最高に尊い(逆)

 生誕祭の喧騒を遠く離れて、ここは王宮の裏庭。


 使用人も立ち入りを許されない、王族の私的な花や作物が並ぶ色とりどりの菜園に、直系の血筋に連なる双子の姉弟が、二人きり。


「――オウエッ! おべろろろろろろろろろろろろろろろろろろ」


 堆肥が積まれた一角にしゃがみ込み、猛烈な嘔吐をぶちまける、紅蓮髪の少年。


 これは私の弟。ハーノイマン王位継承権第一位のやんごとなき王子様。


 最強を冠する火魔法使い、ユリウス・ノア・ハーノイマンです。


 死んだ目で見守るわたしを尻目に、激しく咳き込み息を荒げ、ハンカチで顔をぐしぐしと拭い立ち上がります。振り向けばそれはもう素晴らしい笑顔で、


「あー、超スッキリした」

「治りませんね、ユリウスの吐き癖」

「お父様似なんでしょうねえ。いやあ、この花壇も罪ですよね。まさか王族のゲロで咲き誇っているなんて」

「事実でしかないのですが悲しくなるのでやめてくださいユリウス」


 ちなみに歴代で最もこの花壇を美しく咲かせたのは、言うまでもなくお父様。王室におけるゲロの質はおよそ一定でありますのでとにかく量でありました。感服です。


 ところで、と。ユリウスは話を置くように、私へ首を傾げて見せて。


「今は、二人きりですね。……ここならカリンも入ってこない」


 そんなことを訥々と語りながら、こちらへ歩みを進めてきます。


「ええと、あの、ユリウス?」


 徐々に追い詰めるように、にじり寄る一歩一歩に私は思わず後退りますが、大して広くもない隠し裏庭の一角です。すぐに逃げ場を失い、壁へと背をついてしまいます。


「いつもみたいに、呼んでくれないんですか?」


 そう言ってユリウスは、私の顔の横にそっと左手をつきました。あっはい壁ドンですねコレ。右手は私の髪を一房、愛おしむように撫でて取り上げ、身内贔屓にも美しく整った王子様のかんばせが、互いに息のかかるほどに近づきます。


 思わず高鳴る私の鼓動。


 ごくり、と生唾を飲み込み。


「……分かりましたから、そっちも『僕』に変な敬語やめてください。『姉様』」

「うん、それで良し! 改めてただいま、『ユー君』!」


 はあー、と。大きく溜め息を吐いた『僕』に。


 にへら、と。屈託のない笑顔を『姉様』は浮かべました。


「いやあ、こんなタイミングで外交の仕事が入るんだもの、お姉ちゃんの知らないところでユー君が誰かのお嫁さんになっちゃったらと思ったら気が気じゃなかったよ!?」

「ええとあの姉様、ツッコミどころは色々あるんですがとりあえず僕ちょっと、姉様ほど切り替え早くないので少し待っていただけると……」


 えーっ、と口を尖らせる姉様は無視。痛む頭、狂いそうになる精神を押し留め、自己の認識を無理やり固定しにかかります。


 再度確認。


 私はアリシア。アリシア・メル・ハーノイマン。


 もとい。


 認識、変更。


 僕はユリウス。ユリウス・ノア・ハーノイマン。


 ハーノイマン王国、王家に生まれた一人息子。


 目の前の彼、もとい彼女。アリシア・メル・ハーノイマンの、弟です。


「切り替えられた? ユー君」

「うん。多分、大丈夫です」


 どっちも敬語だから分かり辛いねーと、王子様姿の姉様、アリシアは笑います。笑い事じゃないんですよ、本気で自分が今どっちだか分からなくなるんです! 僕は後ろ、僕の視界だけにぼやーっと佇んでいる『アリシア姫』の影を指さして、


「最近なんて『どっちか』で居ると『もう片方』の幻覚が後ろに見えるんですよ……!」

「うーわヤバいねソレ。ああでも、お父様はもっとだっけ?」

「確か「歴代百人くらいの王族の影が見える」って言ってましたね」


 まさしく王の軍勢ですね。今もまともに生きているのが不思議な精神状態です。それを聞いた姉様は、アハハ、と乾いた笑いを漏らしつつ、


「お父様も、ユー君も、真面目なんだねえ」






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