9. 王族として
「――あーあ、さすがに間に合わなかったか」
凛々しくもまだどこか幼さを残す、少年の声が響いて。
瞬間、太陽が墜ちました。
――火、炎、溶岩、爆発と爆風、あるいはただただ、光。この世に存在し得る、熱を内包した物質物体事象現象の全てを凝縮させ極点へ至らせたような。あまねく天と地を焼き尽くしてなお有り余る輝きが、咲き乱れ、暴れ狂います。余波ですらお父様とお母様の障壁を震わせ軋ませ、維持に注力するお二人の眉間に皺が寄るほど。
神の裁きとでも言い表すべき光の中。
紅蓮の髪をなびかせる少年の背が、王家の礼服を纏い、私の目の前へ降り立ちました。
性別こそ違えど年の頃は私とさほど変わらない、頭半分ほど背の高い彼は、穏やかな笑みをもって振り返り、両の目を細めて言います。
「ただいま。姉様」
「ユリ、ウス……」
彼の名は、ユリウス・ノア・ハーノイマン。
ハーノイマン王家、第一継承権を持つ、私の双子の弟。
王国最強に君臨する『
「どう、したのですか。まだ、船の上に居るはずでは」
「ええ、まあ。予定ではそのはずだったのですが」
私の問いにユリウスは、いかにも王子様らしく気取った仕草で肩を竦めて、
「鬼の国、ですか。凄いですねあそこ、神風とか言って帰りの船がもの凄い勢いで進んで。予定の十分の一で帰ってこられましたよ。
それでまあ、姉様の婚約者決めに間に合うかと飛んできたのですが……」
ゆるりと振り返る、ユリウスの視線の先。
戦場は大地まで焼け落ちて、王国に名立たる四皇が皆、倒れ伏しています。
「これはさすがに無効試合ですかね?」
アハハ、と軽く笑い飛ばすユリウスに、私は思わず眩暈を覚えます。視線を横に向ければお父様お母様は「任せた」とでも言うように顔を逸らしました。逃げましたね、ええ。
「ええと、言いたいことは色々あるのですが」
「何ですか、姉様?」
身体ごと首を傾げ、爽やか笑顔を見せるユリウスに、私はこめかみに青筋立てつつ、しかしコホンと一つ咳払い。真正面から見据えて、姿勢を正します。
「まず、今日は私の生誕祭です」
「ええ、知っておりますとも」
「すなわち、あなたの生誕祭でもあります」
「ええ、双子ですし当たり前ですよね」
「――あなたが私の婚約者になってどうするのですか!?」
ええーっ、とふてくされたように頬を膨らませ口を尖らせる我が双子の弟、ユリウス。ぐぬぬ、子供っぽい仕草も妙に様になっているのが始末が悪いです。分かっていてやっているのですよね、分かっておりますとも。
「だって、どうせ僕の婚約者も後々決めるんでしょう? それなら今日一度に決めてしまえば丁度いいし、じゃあ僕と姉様でいいじゃないかと思ったんですが……」
無茶苦茶を言いつつ、しかしユリウスは傍らに視線を落とし、
「さすが、アレで無傷とはしぶといですね。カリン」
「いえ、無傷などとは」
涼しい顔で跪く、カリンが居ました。あ、確かに服の裾が焼け焦げて、髪が一房ちぢれてしまっています。というか、それだけなんですねあの一撃を受けて。まあ他の四皇も気絶で済んでる辺り大概なのですが。
「それじゃあこうしましょうか。今日のところは候補者を二人まで絞って、最終決定はまた追々、ということで」
名案とばかりに笑顔で手を叩くユリウスですが、ええとあの、婚約者候補が近衛の女騎士オア双子の弟王子ってどんな二者択一ですか。私の姫人生って一体。どう抗議したものかと眉間に皺を寄せる私にも構わず。
それに、と。
ユリウスはそっと、私の耳元に口を寄せ、
「――その方が『姉様』も都合が良いんじゃないですか?」
ついでとばかりに、耳の端を甘噛みしました。
ぴゃっ、と私が耳を抑えて飛び退くのも尻目に、ユリウスは笑って両親に向き直ります。
「というわけでお父様、お母様。帰って早々で申し訳ございませんが、今日のところは勝ち残った候補者二人にアリシア姫とのデート権、なんてどうでしょう」
「ちょ、ユリウスあなた、勝手に……っ!」
「「ウン。好キニスレバイイト思ウヨ」」
「お父様お母様――っ!?」
いやにカタコトで操り人形のような返事をする二人へユリウスは頷き、私の手を取るとカリンへ振り向きます。
「そういうわけなのでカリン、今日は僕が姉様を借りますね! 護衛は不要だからついて来ないこと覗かないこと。次はカリンの番ですから、大人しくしていて下さいね!」
「ああちょっとユリウス勝手に、カリン! カリン助けて!」
ユリウスにグイグイと手を引かれていく私へ、誰よりも頼りになる、ちょっとバケモノじみた近衛騎士は、ただただ困惑の視線で見送るばかりでした。
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