7. やくめでしょ

「お父様、お母様。私、姫としての責務を、全うして参ります」


 にわかに涙ぐむ二人。


 お母様はそっと、私を抱き締めました。


「旦那様と喧嘩したら、いつでも帰ってらっしゃい」


 お母様、よく実家の金家へ帰ってらっしゃいましたものね、と苦笑します。水土木金の四皇に、火家かけとしての王族。本来であれば相性の悪い金の女ながら、王妃としての務めを立派に果たされてきました。


「心がおかしくなりそうだったら、いつでもお父さんに相談しなさい」


 お父様、歴代で最も病んでると医者からお墨付きをもらってますものね。お爺様からは「お前は絶対に王に向いていない」と言われ続け、それでもこの国の頂点に君臨し続けた。


 ただ一重に国のため、民のためにと。


 私も、かくありたい。


 今でこそ、そう思えるのです。


「ええ、ありがとうございます。お父様、お母様」


 そうして微笑み合う、父と母と、一人息子。


 なんとも心穏やかな一幕でした。


 あ、と思わず声が出ました。首を傾げた両親に、そういえばと切り出します。


「市井で、火力や蒸気を用いた新機軸の発動機が作られているようでして。お父様お母様、何かご存じではないでしょうか?」


 はて、と顔を見合わせるお二人。やはり、情報は届いていないようです。そう察した私は、先立っての所感を含めてお二人にご相談を持ち掛けました。この発明がもたらす革新、国を覆しかねない未来図、などなど。


 しかし。


「「無理じゃ、ないかなあ……」」

「やはり、そう思います?」


 だって、ねえ? と二人は顔を見合わせて、


「ウチの国、ずっと昔からアレがあるし……?」


 改めて目を向けたのは、破壊の嵐が吹き荒ぶ戦場。


 剣と魔法が支配する、英雄たちに紡がれる神話の再現。


 いつの間にやらヒートアップしていたのか、中心には暴風と迅雷を纏いし世界樹が、それを殴り倒そうとする巨大な土くれの人形が、その全てを飲み込まんとする瀑布の龍が、一面に突き立つ鉄塊の剣野原が、涼しい顔にて身一つ駆け抜ける女騎士が。


 何故まだ世界は滅んでいないのか、疑問に思われる絶景が展開されています。


「無理ですね」

「無理だなあ」

「無理よねえ」


 うんうん、とお互いに頷き合う王族一家。この末世の中にあり、平然とお茶を嗜んでいるこの三人も大概なものです。お父様、お母様は、


「アレとコレは例外中の例外としても、間に合ってる感あるよなあ」

「そりゃ貴族家系にしか魔法は使えないけど、最下位の領地まで行き渡ってるし」

「手が足りていないなんて話は、聞きませんものねえ……」


 うーん、と一様に腕を組みます。確かに魔法には頼らない動力、市井に行き渡れば便利なものですが、貴族による統治がある以上、それを覆すほどの力がありましょうか?


「魔法貴族中心の集権構造、打破するに値するでしょうか……」

「長い時間をかけて発展と汎用化が進めば、だな。どうせゲオキル商工会だろう? あそこの先見の明は、確かに侮れないのだが……」

「いつまで掛かるかしら。百年そこらで足りる話? 改革に技術が間に合わないわよ」


 ふーむ。やはり結論としては、注視すべきだが危険視および期待すべきでない、でしょうか。予想通りと言えば予想通りの結果。ジェムスには申し訳ありませんが、率先して推し進めるには展望が不足しているようです。


「アリシアは、どう思うんだい?」


 と、お父様が問いかけます。その瞳は、打って変わって真剣そのもの。どうやら私宛に直接来た話だということは察しているようです。


 まあ当然ですよね。


 ふむう、と私は腕を組んで、首を傾げながら、少し悩み。


「私、魔力が無いですからねえ……」






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