6. 狂姫・狂王・狂妃

 うーん、すごいです。


 なんかもう、すごいとしか言いようがありません。


 風が大地を抉り返し、土の柱が天を貫き、大津波が襲い掛かります。その中を平然と暴れ回る全甲冑があり、圧倒的な体格差をものともせず剣戟を交わす礼装姿の女騎士が居ます。


 この世全ての災厄を煮詰めたような破壊と混沌の中、繰り広げられるのは、まるでおとぎ話のような騎士と魔法使いたちの英雄譚。


 離宮ですか。もう粗方吹き飛びましたとも、ええ。生ける災害の前に人の営みなど脆くも儚いものですね。私はと言えばお父様とお母様の下へ避難し、青空の下で優雅に紅茶とお茶菓子など嗜んでおります。うーん、いい天気、いい香りです。現王夫妻二人掛かりの防護障壁は正しく完璧に機能し、この世の終わりのような破滅の中でも変わりない平穏を享受しています。神話の方舟とはまさに此れのことでしょう。


「アリシアは、誰が好きなんだい?」

「気持ちは分かりますがまだ正気で居てくださいねお父様」


 ニコォッ! と歯を見せ白目を剥く我らが国王、ガロウスお父様。心なしか、髭にこびりついた渇きモノが増えている気がします。昨晩から夜通し吐いていたのでしょうか。


「やっぱりアリシアのイチオシはカリンかしら?」

「女性に嫁がせればワンチャンあると縋っていませんかお母様」


 テーブルに肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せ、うふふと微笑む我らが王妃、シンシアお母様。薄く開いた目は穏やかなものですが、その内の瞳はドス黒く濁り切っております。


 ちなみに私は優雅にカップを傾けていると見せかけつつ、一口飲んでは静かに吐いてを繰り返していました。澄んだ味と香りの良い紅茶が少しずつ酸っぱくなっていきます。こういうのを胃洗浄と言うのでしたか。言わないと思います。


 これが我が家、ハーノイマン王家の日常風景。


 今まで良く国体を保ってきたものだと、祖先を尊ぶばかりです。


 それも、今代までかもしれませんが。馬鹿でかい鉄塊の如き両手剣が吹き飛んできて障壁にぶち当たり、しかしヒビすら入れられず転げ去っていくのを無心で見送りながら、私は溜め息を一つ吐きました。


「どうして、誰も止めなかったのですか」

「だってもう諦めるしかないだろう」

「なるようになるしかないわよねえ」


 ねー? とにこやかに笑顔で頷き合う現王夫妻。


 仲が良いのはとても良いことですけれども。


「アリシアはそう言うが、別に私とて無茶を言っているつもりは無い。然るべき相手に嫁ぐのであれば、アリシアは十分に『役目』を『果たせる』と信じているぞ」

「一体何の『役目』を『果たす』のですか」

「大丈夫だって。私もう正直アリシアちゃんにおちんちんついてるとか信じてないし」

「仮にも生まれて初めて、自分の手で抱き上げた息子にあんまりではないですか」


 ある。確かにあるのです。


 例え、女性用下着に難なく収まってしまうモノでも。


 それでもあるのだと、私は心の中で泣き続けています。


「でもまあ、あの五人なら誰になっても大丈夫だよなあ?」

「そうよねえ。誰にアリシアの正体バレしても「そう……」で済ましそう」

「うーん、ですので事後処理を考えるのではなく事前対処をですね?」


 事後処理完璧なら問題ないのでしょうか。終わり良ければ総て良し。過程がどうあろうと関係ないという論調、私あまり好きじゃないです。何よりも大切なのは、後の問題を可能な限り想定した手堅い初動ではないかと――。


 そうまで考えて、詮無き事だと、つい苦笑が漏れました。


「初動は、これ以上なく完璧でしたものね」


 少し、心配そうな目を向ける両親に、私は大丈夫ですよと笑みを返します。


「何故か、腑に落ちてしまいました。そうですよね、我が王室が、不手際を打ったことなど――今日この日でさえ、ただの一度もありませんでしたとも」


 報告によれば、確かに怪我人は多く出たとのことです。しかし私の婚約者決め騒動が、予想された以上に大きく広がってしまう前に、四皇が率先して蹂躙という名の鎮圧を行なって周りました。大群に対して最も効率よく、しかし手心も加えられる彼らの活躍で、候補者たちは必要以上の怪我も負わず、清々しく敗北し脱落できたと言うのです。


「こんなに素晴らしい国で、素敵な民に愛され、何が不満だと言うのでしょう」


 私はお菓子を一つ摘んで味わい、ちょっと濁った紅茶を飲み干します。


 ああ、とても美味しい、この国で育まれた食べ物です。


 迷いは、晴れました。


「お父様、お母様。私、姫としての責務を、全うして参ります」






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