5. 性癖の破壊者

「――私、この中の誰にも、アリシア様を渡す気はございませんので」


 空気が、一瞬で張り詰めました。


 互いが互いに、敵意と魔力を剝き出しに、気迫をぶつけ合います。まともな一般人であれば、この場の威圧だけで身体が砕けそうなほど。建物さえ押し潰されそうに震える中、私は、恐る恐ると、手を挙げて。


「あの、そもそも、マリアンも参加するのですか?」


 ええと、仮にもコレ『アリシア』の婚約者選びのはずですが。


 なぜ女性のあなたが? と首を傾げれば、逆にマリアンも首を傾げ返します。


「アリシア様がお可愛いからですわ?」


 ええー、と一体どう反応すべきか迷う中、マリアンは皆に振り返り、


「あなたたち、仮にアリシア様が男性だったとして、どうします?」


 そんな核心を突くことを!? え、まさかバレてたんですか!?


 ということは一切無いようで、カリン、セイル、トマス、トルニトスは「何言ってんだコイツ」とでも言うかのように首を傾げ、


「何も問題ございません」

「何も問題ないですね」

「何も問題ねえなあ」

「モンダイ、ナイ」

「問題しかないのですが大丈夫ですかあなたたち!?」


 驚愕です。満場一致です。いつの間にか王家直属の四皇がとんでもない性癖に陥っていました。いや、ある意味事後の国家転覆問題が解消されたというか、心労が一つ消えて喜ぶべきところかもしれませんがそういう問題ではなくてですね。


 今にも思考を止めそうな頭を努めて叱咤し、この状況の打開策を練っていれば、私の肩に手を置いたマリアンが「ほらね?」と片目をつむります。


「単に私たち、どこの馬の骨とも知れぬ輩に、大切な主君を渡したくないだけですの」


 そんな言葉を、告げて。


 私が思わず、何も言えずに唖然としていると、


「――どうやら、役者は揃ったようですね」

「お、お母様!?」


 いつの間にか、二階へ続く階段に立っていたのは、長い金髪をなびかせる妙齢の美女。もう三十も半ばだというのに未だ若さは衰えず、深紅のドレスを完璧に着こなしています。この国の王妃にして私のお母様、シンシア・ハーノイマン。王たるお父様、ガロウス・ベオル・ハーノイマンも伴っています。カリンを含めた四皇の後継者たちが跪く中、お母様は舞台に立つ役者のように手を掲げます。


「今日は我が娘、アリシア・メル・ハーノイマンの生誕祭にして、十六歳成人の儀。慣例に従い、この日をもってアリシアの婚約者を決定します」


 言い放つ瞳は王妃の威光を差し、しかし私は知っています。アレはお父様共々結構ヤバめの目です。発狂寸前、口は練習した通りの言葉を寸分違わず紡ぎますが、空っぽにした脳のリソースで完全に別のことを考えているでしょう。多分、今日の夕飯の献立とか。カレーとか良いですね。ジャンクとスパイスの暴力で心が満たされます。


「皆の者。ハーノイマン王国民の誇りを胸に、その座を勝ち取りなさい」

「「「はっ!」」」


 やたら威勢の良い返事をもって、私の十六歳生誕祭、幕間は終わりを告げました。


 私ことアリシア姫の婚約者争奪戦。始まります。






 しかし私はどうするべきなんでしょうねコレ。誰か助けてください。






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