第3話 苦しい時間


 お母さんは私たち姉弟を養おうとあらゆる手を尽くした。持ち家を売り払い、パートを掛け持ちし、それでも姉弟二人を女手一つで育てることは厳しかった。

 日に日に貧しくなっていくにつれて、お母さんは一食分をコップ一杯の水で我慢し、食べ物を私たち姉弟に差し出した。


「お母さんも食べようよ」

「いいの私は。あなたたちは育ち盛りなんだからいっぱい食べなさい」


 お母さんは私たちのために自分自身を犠牲にしていた。

 けれど私は朝ご飯と夕ご飯、少量のお米で我慢することにした。お昼は給食があるから。「もっと食べていいのよ」お母さんはそう言うけれど、どうしても多めにご飯をよそうことができなかった。


 苦しい。体重が減り、体は痩せていく一方だった。けれどお母さんが弟がみんな我慢している。だから私も、と。

 けれど食事を我慢し続けることでついに私は学校で倒れてしまった。保健室で目を覚ますと保健の先生に身長や体重を測られ、「痩せ」ていると忠告された。もちろん分かっている、十分に食べていないのだから。もっと食べなさいと言われても食べ物が無い。だから食べられない。でも言えなかった。食べる物が無いって言えなかった。私は「はい」と小さな声で言った。


 その日の帰り道にコンビニでパンを盗もうとしたところ、店員に呼び止められてしまった。


「どうしてこんなことをするんだ? 万引きは犯罪だぞ。まだ若いのに一生を棒に振ることになるぞ」

「食べる物が……」

「ん?」

「食べる物が無いんです……」


 私が事情を説明すると、コンビニ店員は理解を示した。


「そうか、しかし万引きはだめだ」

「ではどうすれば良いのですか?」

「フードロスって勉強したかい? 日本の食品廃棄率は非常に高いんだ」

「……」

「ニュースにも取り上げられていて、ここ最近周辺の人たちも認識が変わってきている。食品廃棄率を下げようと、ね」

「……」

「それで賞味期限の近い備蓄品などを、ほらこっちに来てみなさい」


 『食品廃棄率を下げよう 食品寄付はこちら』


「このボックスに、ほら、乾麺があるだろ? これなら自由に持ち帰っていい」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。それに『幸せの食卓』という団体に連絡すればそういった食品を無料で配布してくれる。連絡先はここに書いてあるからメモしておくといい」

「あ、ありがとうございます!」



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