第2話 お父さんの死


 当たり前は続かなかった。


 この日も朝早くお父さんを見送ったお母さん。いつも美味しいお弁当を持たせて。


「珍しく頬にキスされちゃった」


 お母さんが朝食の時に私にそう言った。


「良かったじゃん」


 まだ眠気が残る頭で返事をし、食パンをかじる。お母さんが弟を起こしに行くと、テーブルの上にあるスマホが鳴った。別にスマホを取るわけでもなく私はぼんやりとテレビのニュースを聞いていた。

 弟が二階から降りてきて、お母さんと三人で朝食を食べる。


「さっき、スマホが鳴ってたよ」

「え? そう、ありがと」


 お母さんはスマホを確認すると、その誰かからの着信に返事をしたようだった。けれど繋がらなかったようでお母さんはしぶしぶテレビを見る。

 弟が一番早く食べ終えるとランドセルを背負って玄関を飛び出して行った。


「彼女待たせてっからっ!」


 小五のくせにいっちょ前なこと言いやがってからに。お姉ちゃんはもう少しゆっくり出発するよ、弟よ。




 緊急の校内放送で職員室に呼ばれたのは二時間目の国語の授業中。校長室に促され入ると校長先生や学年主任の先生らが待っていて、厳かな空気の中、私は自身の過去を振り返っていた。何か悪いことしたかなって。けれど、伝えられたのは全く別の、お父さんの訃報だった。

 突然のことで状況が分からなくて、何度も何度も先生たちに聞き返し、それでも理解出来なくて――


 交通事故だと聞いたが、まだふわふわとそのワードだけが宙に舞い、私の腑に落ちない。嘘じゃないか、本当は生きているんじゃないかって事実を否定してばかり。


 次にお父さんと対面したのは、もう私の名前を呼んでくれない呼吸のない体だった。損傷部は隠され、私はをお父さんと呼べなかった。

 こんな別れ方は嫌だ。けれど事実が重く私を押しつぶすようにのしかかる。否定したくても否定したくても、事実は真実として世界にずんと居座る。

 涙が流れた。悲しみなのかなんなのか分からない。唐突に大切なものを失うことはこんなにも複雑なものなのか。無常さからか無力さからか、私の心は縦の糸と横の糸が無秩序に絡まってしまった。ほどこうとしても、固く絡まっていた。よけいに解きたくて力めば、心を痛く締め付ける。




 その日から私たち家族の生活は変わっていった。



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