第14話
季節が移り変わった頃、食堂が閉鎖された。
毎朝コンビニで昼食を購入してから出勤するようになったが、その数分の手間に、食堂のありがたみを痛感した。まるで亮平と奏多のためにあり続けてくれたような食堂には常に感謝していたが、無くなってからより一層その思いは強くなった。そうなったところで食堂の閉鎖は無しにはならない。
オフィスの隣の休憩室を借りて昼食を取ることにした二人は、十二時の音楽が鳴ると自然とその場所に集まった。
いつもと変わらない愛妻弁当を広げた奏多は、生き生きとした顔で亮平に告げる。
「最近、なんかいいことあった?」
自分のことのように嬉しそうに顔を緩ませた奏多へ、亮平は呆気にとられた顔をしてしまった。
「なんか、雰囲気変わったよ」
「そう?」
「ええ、気づいてないの?」
そんなわけないよな、と自分で返答した奏多は、摘まみ上げた唐揚げを一口で口の中に放り込む。油で艶めいた唐揚げを美味しそうに咀嚼する奏多を見つめながら、サンドイッチに挟まれたカツを見下ろす。作られてから時間の経ったカツは萎びているが、味の濃いソースのお陰で食べ進めることができる。
「みんな言ってるよ。太田くん変わったねって。なんかいいことあったんだろ」
「いいこと、か……」
「分かった、これか」
奏多が立てる小指を元に戻しながら「違う」と否定する。眉間にしわを寄せる奏多に対して、「なんでもないよ」と告げた。
「なんでもない。ただの気分だよ」
「……まあ、気分転換になるからいいんじゃね? 健康的だし」
静かに頷いた亮平は、紙パックの野菜ジュースのストローに口を付けた。
仕事を終えて帰宅した亮平は、真っ先にシャワーを浴びる。布団に入るとそのまま眠ってしまうことが多いため、先にシャワーを浴びて体の汚れを落とすようになった。
洗面所の鏡に映った亮平の顔に、顔を不自然に輝かせるテカリは無くなっていた。それは、日中仕事をしていても変わらなかった。
頬や顎にこびりついていた肉は落ち、耳下から顎にかけてシャープな線が浮かんでいる。スーツのベルトに乗ってしまうほど脂肪のついていた腹も、ベルトを一つ締めないとずり落ちてしまうほどで、以前と比べればすらりとした体つきになった。余計な脂肪が燃焼されたことによって目の彫りが深くなり、自分は父親似だったのだと気付いた。
少し前まで埃を被っていた体重計に乗り、数値を確認してから部屋着に袖を通す。
夕方のニュース番組で取り上げられていたのは、AI技術についてだった。アナウンサーがカメラに向かって話した何気ない動画をAI学習させることで、アナウンサーが絶対に話さないであろうことを話している動画を作ることができる、というものだった。
以前であればすぐにチャンネルを変えていたかもしれないが、亮平は真っ直ぐな瞳でテレビを見つめていた。こういった技術によって、亮平も牧絢美と会話をしていたのだろう。スマホの中に牧絢美との会話は残されていない。〝牧絢美になったAI〟との会話だけが残されている。
最後に送ったメッセージに未だ既読は付いていない。
『絢美さん』
メッセージを送ればすぐに既読が付いていたが、待てどもメッセージが読まれることは無い。
『僕は、僕の言葉が届かないことが悲しかったです』
『綺麗だと伝えたけれど、そうじゃないって』
『悲しかったけれど、それは僕がしていることと同じでした』
『自分の容姿を否定された言葉だけを信じ続けて、被害者だと思っていました。でも自分で自分のことを否定しているうちは、僕自身も、僕のことを貶したあいつらと同じだって思ったんです』
『だから、変わらなきゃ伝えられないって思ったんです』
『今なら、絢美さんの言葉を受け止められる気がします』
誰にも届かない言葉を送り続けたところで、亮平の気持ちがすくわれることはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます