第7話


「絢美さんが、またぜひお話したいと仰られていますよ!」


 喜々とした萩原の声が部屋に響く。

「今日この後で時間取ってるんですけど、大丈夫ですよね?」

 元々亮平から会話したい旨を伝えているため断ることはないが、相変わらずの萩原の勢いには押される。亮平としては彼女のように行動力がある方が思いとどまる隙がないためありがたかった。


 絢美の準備が整い次第会話を開始すると案内された。

「この間はどんなお話をされたんですか?」

「どんな……マッチした相手と会話するのが初めてだっていうこととか」

「そういえば絢美さんも初めてでしたね! 二回目からは時間の延長もできるので、もっとお話ししたいということであれば仰ってください! 絢美さんの連絡先ってまだ聞かれてませんよね?」

「はい」

「恋愛マッチ、最初は会話の場をこうやって設けますが、それ以降は連絡先を交換して個人的に連絡をしてもらって大丈夫なんです。ここに来なくなったと思ったら一年後に、マッチした方と結婚することになりました! ってお知らせくださる方もいるんですよ。ですので、ぜひ!」


 そう言って萩原は親指を突き立てる。ぐいぐい行けと言わんばかりの圧を感じたが、亮平は控えめに同じポーズで返事をした。

 絢美からも二回目の通話希望の返事が来たということは、少なくとも一目見て受け付けない、と思われたわけではないのだろう。エルとのことが頭を過ぎる、できれば同じような経験はしたくない。絢美と交際に発展することが無くとも、同じ理由で振られてしまうのは心苦しい。


 準備が整うと、萩原はガッツポーズをして退室する。それと同時にスクリーンの向こうから声が聞こえ、絢美の姿が映し出された。

『こんにちは、亮平さん』

「こんにちは、絢美さん」

 丁寧に頭を下げる絢美に倣い、亮平も頭を下げた。


 体のラインを強調させる白いTシャツに、ふわりと広がる紺色のフレアスカートを身につけている。しわにならないようスカートを整えてから腰かけた絢美は何度か座り直し、膝に両手を揃えて画面越しの亮平と目を合わせる。


『通話申請していただいてありがとうございました。私もまたお話したいと思っていたので、嬉しいです』

「いえ、こちらこそ」

『一回お話しただけではどんな方なのか分からないので、もっとお話ししたいと思っていたんです。前回はあまりお互いのことをお話しできなかったので』

「ええいままよ、ですか?」

『ふふ、本当に、子供みたいな話で盛り上がってしまいましたね』


 口元に手を当てて笑う。おそらく癖なのだろうが、丁寧な絢美の暮らしぶりが感じられて彼女の魅力の一つだと感じた。


 改めて自己紹介をしようという流れになり、絢美から話し始める。

『牧絢美、二十六歳です。外資系の企業に勤めています。休日はカフェや美術館など外に出かけることが多いです。カフェに行った時は本を読んでいることが多くて、今はデザイン系の本を読んで勉強もしています。コーヒーしか飲んでいないので、美味しいパンケーキとかは知らないので聞かないでくださいね』

 口元で人差し指を立てる。目を細めた絢美は少し恥ずかしそうにそう言った。

「太田亮平です。今年で二十八になります。大学を卒業してIT会社に入社しました。休日は……家にいることが多いです。大した趣味もないので」


『家ではどんなことをされるんですか?』

「テレビを見たり、動画を見たり、ですかね」

『テレビだったら、私今月9のドラマ見てますよ』

「ナインズですか?」

『そうです! 原作を読んでいたので、ドラマも見たいなと思って。飄々としているアヤフミさんの解決シーンの演出が毎回凝っていてかっこいいんです』

「映像ならではの魅力ですよね。僕はマチルダさんのアクションシーンが迫力があって好きです」

『マチルダさんかっこいいですよね。女性として私も憧れます。どんな相手にも強気なところは見習いたいなって。亮平さん、ナインズご存じなんですね』

「僕もドラマ見ているので。なんなら原作も知ってます」

『本当ですか⁉ じゃあ、一話の犯人の動機が原作と違っているのって気づかれました?』

「もちろん。僕は原作の方が好きです。少し物語に厚みが無くなってしまったような気がして」

『分かります。動機は物語の後半に繋がってくるので、原作通りにして欲しかったなって思います。ネットでも賛否両論でした』

「原作ファンが多いので、仕方がないですね」


 でも、と続ける絢美は、少し表情を曇らせていた。やはり原作ファンとしては忠実に再現してほしいのが願いである。これまでもいくつかドラマを見ていてそう感じることが多かったようで、絢美は作品を列挙して熱を語った。


「絢美さん、推理ものがお好きなんですか?」

『大好きです。推理ものって必ず事件が解決するじゃないですか。明確な答えがほしいんです。ホラーはあまり読まなくて、怖いっていうのもあるんですが、結局謎が明かされないまま終わってしまうものもあるので』

「最近ホラーブームが来てますよね。『呪館』は読まれました?」

『読んだことないです。ホラーブームにも乗れなくて』

「一応ホラージャンルではありますが、推理ものなんです。ちゃんと事件も解決するし、ホラー部分も納得のいく理由で明かされるので、もし機会があったら読んでみてください」

『そうなんですか? 亮平さんが仰るなら読んでみようかな』


 絢美はスマホを取り出すと、画面に指を走らせる。おそらく本のタイトルをメモしているのだろう。手帳型のケースに付いたストラップが揺れている。


 ふと、胸がいつもより張っていることに気づく。空気で体が膨らんでいるのだと気付き、力を抜くと長い息が吐き出された。こんなに熱を持って話し込んだのは久しぶりで、息をすることも忘れていたようだ。部屋に掛けられた時計を確認すると、既に一時間が経過していた。


『亮平さんはいろんなジャンルを読まれるんですか?』

「気になったものを読むので、ジャンルは気にしてないですね」

 絢美はしばらく考え込んだ後、亮平さん、と名前を呼ぶ。

『もし良ければ、連絡先を交換しませんか?』

「え?」

 突然のことに、情けない声が漏れる。

『いろんな本をご存じなので、教えて頂けないかなと思って。毎回恋愛マッチの事務所でお話するのでは、週一回くらいしかできませんし』

「あ、わ、分かりました。もちろんです」


 亮平はスマホを取り出し、絢美にIDを告げる。少しするとスマホに通知が来て、『絢美です』と表示された。アイコンは灰色の子猫で、背景は飛行機雲が伸びた青空。お気に入りミュージックにはスピッツの『空も飛べるはず』が登録されていた。

『ありがとうございます。これでいつでも連絡が取れますね』

 絢美の真っ直ぐな言葉が、スクリーン越しにくぐもって聞こえた。

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