第4話
絢美との会話を思い返しているうちに、休日が終わった。溜めていたアニメを消化しようと思っていたがそれらは未視聴のまま月曜日を迎え、来週まで持ち越されることとなった。
いつもなら憂鬱な月曜日だが、翌日に三連休でも控えているかのように頭がクリアだった。今週のタスクを整理して取り掛かった仕事は、いつもよりも早く終わりそうだ。
「お、まじで行ったんだ恋愛マッチ!」
女性とマッチしたことを伝えると、奏多は掴んでいた卵焼きが落ちたことも気にせず、亮平の話に食いついた。
「亮平のことだから行かずに退会するかもって思ってたけど。強引にでも登録しておくもんだなこりゃ。それで? どんな人とマッチしたの?」
箸を置いて聞く姿勢をとった奏多は、腕をついて亮平に迫って来る。若いノリが抜けないなと思いつつ、亮平は絢美のことを思い出した。
「……清楚そうな人」
「おっ、黒髪美人?」
「そんな感じ。まだ三十分しか話してないから中身は分からないけど」
「どんな話したの?」
「どんな……」
絢美のことを口にするたびに、亮平の中で彼女の姿が形作られていく。振り返った絢美が満面の笑みで「ええいままよ!」と、言って来たので、亮平は慌てて首を振る。ごめん虫が、なんて言い訳をしてから、
「別に、お互いマッチした人と会うのは今回が初めてだっていう話をしたくらい」
と教えた。嘘はついていないと思ったが、恋愛マッチに行くきっかけを作ってくれた奏多に隠し事をしているような気持ちになり少しだけ心が痛む。それと同時に、二人だけの秘密が生まれたような気もして、明らかに心が浮かれていた。
「へえ。写真とか無いの?」
「無いよ。まだ話しただけだし」
なあんだ、と唇を尖らせた奏多は、ボトルのお茶を一口飲む。つられるように亮平もお茶を流し込み、止まっていた昼食を再開する。腕時計の針は、昼休憩が残り二十分だと示していた。
「次はいつ? 今週末?」
「今週末も行く予定だけど、また話ができるかは分からない。両方の了解が無いと通話の約束は成立しないから」
「両方ってことは、亮平はまた話したいって答えたんだな?」
からかうように言葉を投げかける奏多を見やると、緩んだ唇をきゅっと結んで亮平を見ていた。せっかく作ってもらった弁当が放置のままで可哀想だと、奏多の額に箸の頭をぶつける。
「うるさい」
「おいおい、照れんなって。アラサーにもなって恋に照れるなんて、亮平もまだまだお子ちゃまだな」
「うるさい」
もう一度小突こうと箸を掲げる。ごめんて、と制止する手が挟まれた。
食堂に他に誰かがいれば、恋愛マッチのことを話すことはできなかっただろう。厨房にパートのおばちゃんがいるだろうがそれはノーカウントで、食堂が繁盛していなくて良かったと息をつく。しかしそれももうすぐ終わってしまうと思うと、秘密基地が無くなってしまうような寂しさを覚えた。
冷めてしまった唐揚げを口に運ぶ。衣は既に萎びており、柔らかい肉に歯を食い込ませて噛み千切った。溢れ出す肉汁を溢さないように口に含んで、唇についた分も舐め取る。
「せっかくマッチしたんだし、デートに誘っちゃえよ」
ようやく箸をつけてもらった野菜炒めを頬張る。先ほど落とした卵焼きは、傾いたまますくわれるのを待っている。
「そんな簡単に言うな。というか、まだ早いと思う」
「恋人が欲しくて恋愛マッチしてるんだから、早いに越したことはないだろ。こういう時は男からぐっと誘ってぱっと告白するのが、スマートでカッコいいだろ」
軽々しく聞こえる効果音に首を傾げつつ、しかしそれもあるなと納得しかける。出逢いを求めて恋愛マッチをしているのに、通話をするだけならそれ専用のアプリで事足りてしまう。恋愛マッチに登録しているのは、話し相手を探しに来ているからではない。
脈無しと判断されてしまうと、相手から通話の了解が得られずマッチが終了してしまう。その前に相手と距離を近づけなければならない。
まるで攻略ゲームみたいだ、そう思うと、亮平の気持ちはすっと萎んでいった。
掴み損ねた唐揚げは机を転がり、そのまま床に落ちてしまう。
「あーあ、もったいない」
隣から声が掛かる。拾い上げた唐揚げを空いたご飯の皿にのせる。
残りの唐揚げを口に詰め込んだせいか、昼からは仕事のペースが落ち、結局いつもと変わらない時間に帰路に着いた。
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