第20話 運命をねじ曲げる

 ニュイちゃんにスキルを使用すると、先程までとは比べようのない黄金の光が私とニュイちゃんから放たれる。こ、ここまで光ることってある……!? 眩しさに目が焼かれるけれど、なんとかスキルを使い続けるしかない……!


 私の奥の手の一つ。私が異世界転生をした、この世界における異物というべき超越者であること。それそのものをフラグとしたスキルの使用だ。今までどんな相手だろうとこのフラグで越えられなかったことはないんだ。魔王が関わっていようが、負けてたまるか!


「……づぅ、きっづぃ」


 そう意気込んでみてもきつい。しんどい。目が光でチカチカとしてきたし、まだ干渉が始まってすらいないのに、頭を何度も殴られるような反動に襲われる。ええい、それでも、救うんじゃい!


「ニュイちゃん、受け入れて――!」


 頑なに干渉を拒んでいたニュイちゃんのフラグが、徐々に溶け出す様に私のスキルから干渉を受け始める。すると、ニュイちゃんと私の間に繋がりが生まれて、濁流のように私の中に“彼女の運命”が流れ込んできた。


 第一関門突破。さあ、ここからが勝負所だね……!


   §


『守れなかった……ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……フェアお姉ちゃん……』


『復讐ヲ! 復讐ヲ!』


『殺す、必ず殺してやる』


『理ハ無ク、乗リ越エルコトモ、マタ無イ!』


『アンタの人生からすべての笑顔を奪ってやる』


『憎悪ハ消エヌ。復讐ハ巡ル』


『なんで、私は――』


   §


 自分の中から得体の知れないナニカが失われていく感覚がある。酷く虚しくて、悲しくて、失ったものはきっと二度と取り戻すことは出来ない。そんな感覚が、私の心を乱雑に掻き乱す。


 喪失の痛み、復讐の怒り、精神崩壊の疑似体験。


 肉体的な反動は今まで何度もあったけれど、こんなに精神的な消耗の激しいへし折りは初めてだ。ニュイちゃんのフラグはそれ程までに強固なんだろう。


 そして、まだ終わらない。ここからが本番なのだと言うように、彼女の未来に襲いかかるはずだった痛みが、私に襲いかかる。


 虐殺の景色、魔王の依代へと到る未来。


 私は燃え盛る血の泥を幻視した。


   §


 誰かが君の死を望んだよ。

 だから君は殺されたよ。

 よかったね。よかったね。

 君は罪を犯したよ。

 君はちゃんと恨まれたよ。

 だから君は殺されたよ。

 よかったね。よかったね。

 善人になっても罪は消えないよ。

 反省しても恨みは消えないよ。

 だから君は殺されたよ。

 よかったね。よかったね。

 君は望まれて殺されるんだよ。

 よかったね。よかったね。

 殺される価値があってよかったね。

 それでは皆さん御一緒に。


 ざまあみろ。


 ゲラゲラ    ゲラゲラ

     ゲラゲラ    ゲラゲラ


 ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ



 ――お姉ちゃんに殺されるなら、いいよ。


   §


「――おぇ」


 あまりの“悪意”に吐き気がする。


 ニュイちゃん、君はどんな苦しみを背負う羽目になるの……? 簡略化して、これ?


 あまりにも、復讐の熱が強すぎる。魔王の依代ってなんなの。


「……? まさかとは思うがぁ、相手はこの相手の運命を追体験でもしているのかなぁ?」


「うる、さい……! あと、相手、相手って、誰のことを言ってるかわかんないよ……!」


「ふむ……本来個は求めないのだぁがね。では、初めてあった相手だぁ。君、と呼ぶとしよう」


「それはどうも……! 今しんどいから話しかけないでくれると嬉しいよ……!」


 本当に、猫と関わるとろくでもない思いばっかりするなぁ!


 ニュイちゃんから伝わってくる悲劇の未来が、あまりにもしんどいんだ。話す余裕なんて欠片も無いんですよ!


 いくらシビアな異世界だからって、ここまでの悪意はそうそうないと思ってたんですけど! 私はこんなの経験したくないんですけど!


 でもニュイちゃんを助けないと、レーちゃんが泣くでしょうが!


「大好きなお姉ちゃんを泣かせたくないでしょ……! ニュイちゃん、目を覚ましなさい!」


 精一杯の思いを込めて、ニュイちゃんに呼びかける。目を覚まして、悲劇の運命なんて跳ね除けて、レーちゃんと一緒に楽しく過ごそう。まだ君のことを全然知らないけど、レーちゃんのことを本当に大事にしてる人だと思うから、きっと楽しく一緒に居られるから……!


「だから、起きて――ッ!」


 スキルの光が更に力強く輝く。そして。


「……ん、ぅ……?」


 ニュイちゃんが身動ぎをする。


 届いた……! まだ意識は戻らなくても、フラグが消えた感覚がある! なら、もうニュイちゃんは大丈夫のはずだ。


「よかっ……ぁ……」


 途端に抜け落ちるように、私の中からニュイちゃんの“運命の苦しみ”が消えていって……あ、無理。


 私の意識は、そこで途絶えた。


   §


「これで、最後!」


 オークの首を斬り飛ばす。これで、周りにいた魔物は全滅したはずだ。


 突然理解できないツバメの力で連れてこられた場所には、気絶したニュイと魔物がいた。ツバメがどうやってこの状況を把握したのかはわからないけど、とにかく魔物を殲滅しなきゃまずいと動いた。


 ニュイの所にはツバメが駆けつけている。彼女が守ってくれているならニュイの心配はない、と殲滅に集中したおかげで自分でも驚く程に魔物を手早く片付けられた。もう魔物の脅威は無くなっただろう。


 私が急いで二人の元に戻ると、気絶した二人と――見ただけで息が出来なくなるほどの圧をまとった怪物がいた。


 外見は灰色の猫だ。でも決して猫なんかじゃない。あれは――あれは、なに?


「ふうむ……人間は興味深いね」


「――ッ、やめなさい!」


「っと……あぶなぁいね」


 猫のカタチをした怪物が、ツバメに触れようとした瞬間に私の身体は動いていた。私の剣はあっさりと避けられてしまったけれど、ツバメと怪物の距離は離れる。


 怪物だろうと、ツバメに手は出させない。今動けるのは私だけなら、私がこの人を守るんだ!


「お仲間がぁいたんだぁね? うぅん? 相手がぁ君の仲間だぁというなぁら、少々弱すぎだぁね」


「…………」


 君の仲間? 私の仲間? でも弱いって、私のこと?


「まあ警戒しなぁくていいさ。君の仲間だぁというのなぁら、殺したりしなぁい」


 同じ言葉を使っているのに、意味がわからない言葉を話す目の前の怪物に、言いようのない気持ち悪さに襲われる。


 でも、守らなきゃ。この猫のカタチをしたナニカをツバメに近づけさせちゃダメなのは、わかるから。


「ツバメ達に何をしたの!? アナタは何なの!?」


 ツバメが倒れるなんて、想像もしてなかった。彼女は英雄と呼ばれている、とても強い冒険者だ。直接戦った姿はまだ見たことがないけれど、たった一人でスタンピードを殲滅する人が弱いわけが無い。


 でも、今はニュイに覆い被さるように気絶している。なら、この怪物が何かしたってことだ。


 だから、己を奮い立たせる為にも、声を張り上げて問う。


 でもそれは過ちだった。

 

 怪物の雰囲気が豹変したからだ。


「――弁えろ。弱者に問う権利は与えていない」


「――ひっ……ぅ」


 ツバメを守るために奮い立たせた勇気はあっさりと瓦解した。


 突然増した圧で、私の膝はくずおれて、口から胃液が吐き出される。剣を持っていた手は、情けなく震えて剣を手放していた。


 怖い――怖い怖い怖い怖い怖い! 


「魔王の前に立つ者は、力ある者だぁけだ。震えを抑えることも出来ない弱者に用はなぁい」


 魔王。これが、魔王?


 王国の、人間の宿敵。数え切れないほどの犠牲を払いながら何百年と戦い続けてきた、魔王なの?


 そんなの、ずるい。勝てっこない。なんでこんなとこに、魔王がいるのよ……!


「さて君の運命がぁ見たいんだぁよ。黄金の光は超越者の象徴。異世界の記憶とは自分らと同じ宙葉そらばを知っているのかなぁ? 自分ら魔王にとって、君はどういう存在なぁのかなぁ?」


 私への圧は消えないのに、私の存在など目に入ってもいないようなそんな様子で、動けない私の側を悠然と通り過ぎる魔王。


 意味不明な言葉は、まったく理解も出来ず、でも疑問の言葉を口には出せない。


「同郷? それとも刺客? はたまた生まれ方がぁ違う御同輩なぁのか?」


 私は動けない。


 相手は魔王。私はツバメにも遠く及ばない、単なる新人冒険者。動けないことは当たり前で、そんなこと考えるまでもない。私はこのまま何も出来ないで、魔王がツバメに手を出すのを眺めるしかない。


 でも、でも――!


 魔王の、その小さな猫の手がツバメに触れようとしているのが見えた。


 だから私は――。


「……弁えろ、と言ったんだぁがね?」


 剣を、振っていた。


 魔王は飛び退いている。


「うる……さい。し、らない……! この人は、私の大切な人。私を守ってくれた人!」


 怖かった。ゴブリンに犯されて、子供を産まされて、壊れたら喰い殺される。そんな未来に怯えていた時に彼女は助けてくれた。


 なら、今度は。


「私が守るのよ! 魔王の相手をツバメに押し付けたりなんて、絶対にしない――ッ!」


 魔王が相手だから、新人だから、怖いから、圧で動けないから。そんなことはツバメを見捨てる理由にはならない。動きなさいよ、私の身体……!


「…………ふぅむ」


 この怪物はツバメのことを知っている様子だった。明らかにツバメのことしか魔王は見ていない。私にもニュイにも興味が無い。


 でも街で魔王が来たなんて話をしてる人は誰もいなかった。なら、ツバメ一人だけが魔王のことを知っていたってことでしょう?


 たった一人で、魔王の相手をさせられたってことでしょう?


 そんなのって、ない。


 剣を地面に突き刺して、無理やりにでも立ち上がる。息が出来なくても魔王の前に立つ。


「英雄だからって、そんなのってない。私は認めない。私の大切な人に手を出すな、魔王!」

 

 剣先を魔王に差し向けて、私は今度こそツバメを守ると覚悟を決めた。


 手の震えは、もう収まっている。


「弱者であれど、魔王の前に立つ……か。人間は面白いねぇ。ククク……それでこそ試練を迎えるに値するってものだぁね」


 だぁが、と魔王は言葉を続けた。


「覚悟を見せたところで残念だぁが、自分は戦う気はなぁい。自分は試練なぁんて面倒なことは他の魔王に任せると決めているんだぁよ」


「……はぁ?」


 圧が消えた。怪物は欠伸をしてから、手のひらを舌で舐めて顔をクシクシとする。い、命を捧げる覚悟で立ち上がったのに……? 私、これじゃ凄くマヌケに見えないかしら……?


「けれど、悪くなぁい。君よりも、好みかもしれなぁいね。名前を聞こうか」


 ――魔王が名前を聞く、そして問いを投げかけることの意味を知るのは遥か先の話だった。


「……レルフェア」


「そうか、レルフェア。これはレルフェアがぁ示した人間の覚悟に対する褒美だぁよ」


「えっ!?」


 私、ツバメ、ニュイの足元に魔法陣が突然浮かび上がる。まずい!? なにかされる!?


「人間は気絶したまま魔素に曝されると危険だぁからね。街へおかえり、新たな勇者御一行よ」


 そして、視界が切り替わって――。

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