第19話 やだ……この新人優秀すぎ……?(n回目)


 しばらく罠がないかの観察を行ってから、私たちは作戦の準備をした。ゴブリンの知能なら罠を隠す、までは出来ても粗が目立つ隠し方になる。ちゃんと確認すれば安全なルートを見つけることはそんなに難しいことじゃない。実際、優秀なレーちゃんは瞬く間にゴブリンの偽装を見破ってみせた。念のため私も確認したけれど、問題なし。


 それからちょっと手間な作業を挟んだ。これに関しては私よりも、元狩人のレーちゃんの方がよっぽど手際が良かったので、ちょびっと敗北感。私、先輩なんですけど……?


 まあ、そんなこんなありながら私は洞穴近くの茂みに身を隠して待機している。


 しばらく待っているとあちらも準備を終えたのだろう。レーちゃんの待機している場所から、豪速球でゴブリンの頭に向けて石が投げられた。


「ゲァ!?」


 それは見事にゴブリンの頭を砕いたけど、これはあくまでも合図。


 私は即席で作った弓の弦を維持している紐に、素早くナイフを振った。パシュッと乾いた空気を切る音と共に、握り草からとった液体が塗り付けられた矢がゴブリン達を襲う。以前レーちゃんの身動きを封じた、あの痺れ毒だ。


「ケゲッ!?」


「ギシャ!?」


 その矢はこちら側だけではなく、レーちゃんが待機している側からも飛んできている。両方から痺れ毒の塗られた矢に襲われたゴブリン達は、瞬く間に混乱に陥った。


「――フッ!」


 それを確認したら、レーちゃんが飛び出して進路にいるゴブリンを切り捨てつつ、洞穴の入口で侵入を阻む罠に火を放つ。今日のためにレーちゃんが準備してきたものの一つ、油と使い捨ての着火魔道具を使っているので火の回り方がかなり早い。


 侵入を阻む場所にあるなら、洞穴から出てくる場所にあるのと同義。ゴブリンたちは自分たちの罠で、洞穴に逃げることも、洞穴から助けに出てくることも難しくなった。中と外の分断ってことだね。更に言えば上位種が洞穴の中にいた場合の時間稼ぎにもなる。


「――次!」


 火が燃え広がるのを確認する間もなく、レーちゃんは高速で走りながら、剣を持ったゴブリンを優先しつつ殲滅していく。どうやら想定していたより変異種はいないみたいだ。でも万が一、前の時のように吹き矢の変異種がいたとしても、あの速度で移動し続けるレーちゃんに当てるのは至難だろう。


 そして高速で移動しながらのレーちゃんの猛攻に一溜りもなく、外のゴブリンは全滅。しばらくしてからやっと、上位種の大型ゴブリンが全身に火傷を負った状態で洞穴から出てきた。


 己の群れが壊滅したことに怒り狂うけど、既に火傷と罠を無理やり突破した疲弊で満身創痍の大型ゴブリンにはレーちゃんを迎え撃つ手段はなく、あっさりと首を斬り飛ばされる。追加で出てきたゴブリン達は群れの長が死んだことで恐慌に陥り、逃げ出そうとして背中をブスリ。


 見える範囲に動いているゴブリンがいないことを確認したら、ゴブリンの死体を洞穴に詰め込んでまた放火。これで洞穴に隠れているであろうゴブリンも煙で窒息させることが出来るだろう。


 ……これ、新人が一人で考えた作戦って本当? 優秀過ぎませんか?


「……ふぅ。終わったわ、ツバメ。念の為に洞穴は見ておくけど、群れを壊滅させたと思っていいかしら?」


「うん、お見事としか言いようがないよ」


 煙が立つと目立つから、他の魔物に気が付かれる可能性がある、洞穴の穴が一つとは限らないから他から逃げている可能性がある……くらいかな、指摘する点があるとしたら。でも可能性の話だから、言い出したらキリがないし、褒めるべき点は無数にある。


 武器を現地調達して、毒を利用して、遠距離で混乱させて、敵を分断して、優先順位を間違えずに殲滅して、残党を作らないように徹底的に殺す。これで新人は詐欺でしょ。


「よかった。少しは成長出来たかしら」


 当の本人は、謙虚な姿勢です。少しは成長って、流石にここまで出来るのは元々の才能じゃないかな……?


「そ、そうだね? でも元々油断がなければ出来てたんじゃない?」


「……? ツバメが指導してくれたおかげよ?」


「そう……?」


 私、そこまで指導したかな……なんかとんでもない才能を目覚めさせちゃった気がするよ?


「まあ、レーちゃんがそう言うなら――ッ! このタイミングで!?」


 早すぎるでしょ! 昨日の今日だよ!? でも迷う暇はない!


「ごめん、レーちゃん! 跳ぶよ!」


「えっ、なに!?」


「《イベント:転移。ニュイちゃんの元へ》!」


 レーちゃんを抱きしめたまま、視界が切り替わる。まだ森の中!? なら――いた、ニュイちゃん! 魔物に襲われかけて……いや、気絶してる! 別れ際に見た悲劇のフラグって変異のこと!? それはダメでしょ!?


「レーちゃん! 動けるね!?」


「――ええ!」


 急激な状況の変化に常人なら動けなくなるだろうに、レーちゃんは即座にニュイちゃんを見つけて動こうとしていた。優秀すぎる……! でも頼もしい!


 レーちゃんは地面を強く蹴って、ニュイちゃんに向かっているオークの前に移動。そのまま横に剣を振り切った。


「私の妹になにしてんのよ――ッ!」


 レーちゃんの一振りでオーク三匹がまとめて上半身と下半身を泣き別れさせる。えっ、強すぎ。首じゃなくて胴体を三匹まとめてぶった斬るって何!? 中堅どころかベテランでも難しいことしてるよ!?


 じゃあなくて、私のやることはこっち! 爆速移動でニュイちゃんの傍に来て状態を確認。だめだ、完全に意識がない!


「ニュイちゃん! 起きて! 森で寝るのはマジでダメだよ!?」


 頬を叩いて起こそうとするけど、ぐったりと反応を示さないニュイちゃん。そして強く反応しだす変異フラグ。時間がないってこと!? 普通は森の魔素だけじゃそんなに早く変異しないでしょう!? どれだけ強い魔素に曝されたって――まさか?


「《フラグ:ニュイちゃんの変異フラグは魔王・・干渉・・》に対して《二つの魔素は性質が違うため同一の影響は及ばさない》と解釈!」


 ――ビンゴ。変異フラグの反応が弱まった。でもまだ反応が強い。放置してたらすぐに変異が始まってしまう。あの魔王……! 頭にキた……けどキレてる場合じゃない! 早くニュイちゃんのフラグを何とかしなきゃ。


 ニュイちゃんのことはまだ詳しくない。昨日初めて会ったのだから当然だ。でも分かっていることはある。私のスキルを舐めてもらっちゃ困るよ!


「《フラグ:ニュイちゃんの変異フラグ》を《フラグ:ニュイちゃんは、家出したお姉ちゃんを探しにたった一人で村を出て街まで探してきた意志の強い子である》で――へし折る!」


 家出した人を村の外まで迎えに来る、なんて簡単じゃない。この世界には魔物がいるし、道は整備されてないところばかりだし、そもそも監視カメラもない世界で人探しなんて恐ろしい。村人なんて街に縁があるわけでもないのだから、情報を集めることも困難だっただろう。


 でもニュイちゃんは来た。レーちゃんに会うために。レーちゃんと一緒にいるために。それは常人にはない強い意志があるってこと! 変異なんかに負けてる場合じゃないぞ、ニュイちゃん!


 スキルの使用で私とニュイちゃんが黄金の光を放ち始める。明らかにおかしな事をしているのが傍目からバレるけど、今はそのリスクは考えてる場合じゃないし、そもそも考えてる余裕がない。


「キッツい……!」


 他者の未来に直接干渉するへし折りはいつやっても反動がしんどいなぁ……! 彼女が受けている苦痛、それと“そのフラグが確定した際に起きる運命”で受けるはずの苦痛が簡略化されて伝わってくる。


 全身の肌と筋肉が裏返って空気に晒されるような感覚。変異系はエグい……! 痛みで泣きそう! でも――押し通す!


 歯を食いしばって出力を強化していくと、私の痛みと反比例してフラグの反応がどんどん小さくなっていく。そして限界が訪れたのか、ぶつ切りされた痛みと共に、フラグの反応が消えた。


「――よし、頑張ったねニュイちゃん。これで変異しないはずだよ!」


 ふん! 私のスキルの力を見たかってんだ~! 痛みがあるってことに目を逸らせばこの程度朝飯前ってことよ! さあ息を整えてレーちゃんのフォローに回ろう――と考えたところで。


「へぇ。助けてしまうのかい? 魔王としての勘だぁけど、その相手はここで死んだ方がぁ幸せだぁと思うね」


「――は?」


 痛みでクラクラしている私の近くに、聞き覚えのある特徴的な声。嫌な予感に襲われながら何とか目線を声の主に向ければ、想像通りに猫魔王がそこにいた。その距離はおよそ二メートル程度。当然のように、ここまで至近距離に近づかれたのに気配がない。声がなければ気が付くことは出来なかっただろう。


 おバカ! 状況変化のペースが早いよ! てか、普通は後から出てきて『どうしてニュイちゃんに干渉したの?』って私と喧嘩するコースじゃないの!? 


 レーちゃんがまだ魔物と戦ってる最中でしょうが!


 まあ喧嘩したところで、勝てるイメージがあんまりわきませんけど! なんで目の前にいるのに気配がないのさ!


「その相手は、悲惨だぁよ? 生きていれば地獄を見る」


 私の苦痛も困惑も無視して一方的に話しかけてくる猫魔王。そして猫魔王の発言で、ニュイちゃんに大量の不穏なフラグが立つ。馬鹿者……!


「やめてよね! あなたみたいな存在のセリフはかなり大きな影響が――は……? なに、これ」


 喪失、復讐、精神崩壊、虐殺、魔王の依代――それぞれが決して変えられぬ運命であると強い存在感を持ってニュイちゃんのフラグとして立っていた。……なんだこれ。こんな強いフラグが詰め込まれた子は見たことがない。というか、魔王の一言でなんでこんなに……? いくら影響力が強いとしてもここまでのものには……。


「――ッ! じゃあそんなフラグごとねじ曲げてやればいいんでしょう!」


 考えてる暇はない。放置すれば完全に定着して彼女の運命になるだろう。一刻も早くフラグという段階で終わらせるしかない。


 チートスキルはチートだと言われるようなことが出来るから、チートスキルなんだよ。ニュイちゃんがこの世界でどんな役割があろうが、レーちゃんの心の傷になるのを放置なんてしない。


「《フラグ:ニュイちゃんには地獄の運命が待っている》を《フラグ:異世界の記憶を持つ、この世界では特異な英雄が守ると誓いを立てる》でへし折る――ッ!」

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