第21話 幼女パワー!


 何をしてきたのか、って聞かれて一言でまとめられるほど簡単な仕事はしてこなかった気がする。


 王国だけでも、援助してた戦争を潰して、戦争大好きタイプの派閥の解体に手を貸して、腐敗したギルドを粛清して、最前線を大陸まで押し戻して、各地の魔法陣を調査して、冒険者ギルドの役割に変化を与えた。


 ことさら人様に誇って褒められたいとも考えてはいないけれど、誰でも出来ることでは無かったのは自覚してる。


 英雄と呼ばれてきた。街だけじゃなく、王国だけじゃなく、行く先々で。


 英雄になるしかなかった。


 悲劇は見ていてしんどい。前世の小説でも、しんどい展開はあんまり好きじゃなかった。ニュースで戦争とか、殺人のお話とか見るのは怖かった。みんな平和に楽しく生きられたら、それが一番だといっつも思ってる。


 でも、人の世ってなんでか知らないけど、ずっと苦しいことが混ざっていて、その煽りを喰らった人が泣いていて、私には助けるチカラがあるから。


 いっぱい手を汚した。前世の価値観じゃ受け入れられないくらい、悲惨なものを沢山見て、経験して、殺した。殺してしまった。


『憎悪ハ消エヌ。復讐ハ巡ル』


 ニュイちゃんを助ける時に、繋がってしまったナニカの記憶。燃え盛る血の泥は、私に向けられてきた怨嗟を思い出させた。


『復讐ヲ! 復讐ヲ!』


 この未来は訪れない。私が運命をねじ曲げたから。


『悪魔め……ッ!』


 その過去は過ぎている。私が終わらせてしまったから。


 私には今がある。大切な今の時間がある。


 殺されたくない。復讐なんてされたくない。


 私は、生きなきゃ。生きて幸せにならなきゃいけないんだ。


『――魔王ノ生マレル未来ヲ奪ッタ貴様ニ、呪イアレ』


 ……

 …………

 ………………


 目を覚ますと普段とは違う天井だった。差し込む光から時間はもうすぐ夜になるくらい。すぐ側には人の気配――ミィちゃんがいる。ということは、ギルドの横にある多目的の建物のベッドかな。


 直前の記憶はニュイちゃんのフラグをへし折って、魔王の近くで気を失うまで。あそこは魔物の領域だ。気を失ったまま放置されたら、私も危なかったかもしれない。


「……私、どうやって帰ってきたの?」


「レルフェアさんが、運んできて下さいましたよ。何が起きたのかも聞いています」


 そう聞いた時に、感謝よりも先に罪悪感が胸に湧いた。助けられてしまったと、そう思ってしまった。何故か胸が痛くて、泣きたくて、それがあの“悪意”に触れた反動だとわかっていても、生きていることがものすごく悪いことのように思えた。


 ……ニュイちゃんはこれよりもずっと重いものを経験させられそうになったってことだよね。なら、助けられて良かった。


 っと。取り繕いが下手になってるぞ、私。ミィちゃんが、今までで一番心配そうな顔で私を見ている。引きずられてるせいでいらない心配をかけてしまった。


 うん、切り替えよう。


 私は頬を両手でパンッと叩いて、意識を切り替える。


「……どうか、しましたか?」


「ううん。レーちゃんにお礼しないと。あともう一人ニュイちゃんっていう赤茶色の髪の子がいなかった? 一緒に運ばれてきたと思うんだけど」


「…………。えぇ、彼女なら別室で寝かせています。起きる様子はまだ無いようですが」


「そかそか。まあ生きてるなら良し!」


 頑張った甲斐があったってもんだよね! ニュイちゃんも可愛いし、もしかしたらこれがきっかけでフラグが立つかもしれないし!


「とりあえず宿に戻ってお風呂入ってくるね。緊急性は高くないと思うし細かい報告は休んで整理してからするからさ。場所使わせてもらってありがとう! 利用料は預けてるお金から持って行ってね」


 森に入ってそのまま寝てたのなら、流石に色々気になってきちゃう。ロロちゃんも心配しているかもしれないし、宿に帰ろう。レーちゃんは無事だろうし、まだあの記憶に引っ張られてる状態で会うのは良くない。元気になってから会いましょうね〜。


「……ツバメさん」


「ん?」


 ミィちゃんは空元気丸出しな私を引き止めて、何かを言いかけてから呑み込んだ。何を言おうとしたのかは……わからない。


「無事に戻ってきてくれて良かったです。おかえりなさい」


 でも、その言葉はとても暖かくて、さっきまで軋んでいた心にスっと入ってきた。


「――――。うん、ただいま。ミィちゃん」


「……今日はミィちゃんでも許してあげます」


 ……

 …………

 ………………


「おかえり! ツバメお姉ちゃ……ん……なんか変なの、くっついてる……」


 私を見つけてニコニコして近寄ってきたロロちゃんは、途中からだんだんとテンションを落とし、おててのぱたぱたを止め、なんか臭いものに近づきたくない、みたいな顔をした。


 泣きまーす! 前世含めXX歳のツバメ! 恥も外聞もなく大人気なく泣きまーす!


「ただいまロロちゃん……あの、変なのって?」


 まあ、泣くのは心なんだけどね……取り繕いスキルを舐めちゃいけない。


「ううん。後で取ってあげる。すごく頑張ってきたんでしょ! マッサージしてあげるね!」


「わー、魅惑のお誘いだけど、先にお風呂に入ってもいいかな〜」


「いいよ〜! 用意してあげる〜!」


 ロロちゃんは天使の微笑みを向けてから、ぱたぱたと宿に帰っていく。あの……近づかれなかったんですけど……笑顔のまんま逃げられたんですけど……。


 心の中でさめざめと涙を流しながら部屋に戻って小休憩を挟むと、ロロちゃんがお風呂ができたと呼んでくれたので入浴。


 ロロちゃんのママが経営するこの宿は、この街きっての高級宿。魔法陣を使って水を温めているからお風呂に毎日入れてしまう。元日本人としては、あまりの感謝に初日に踊ったよね。ロロちゃんと楽しくダンスした記憶があります。


 でもお風呂がここだけにあるわけじゃない。王国には湯あみ文化がある。テルマエとかもあるし、別に湯あみそのものが日本だけの文化という訳じゃないもんね。


 そもそも湯あみ文化が希少なのは、水が豊富かどうかが影響してると聞いた事がある。王国は自然も豊かだ。水源も豊富に存在するから干ばつによる飢饉などもほとんど起きたことがない。


 代わりに魔王の土地と隣接してるって、でっかいデメリットがあるわけなんだけど。最近も王国内に魔王が増えちゃったわけだし、呪われてるのか祝福されてるのかよく分かんない土地だよね、ほんと。


「ふんふふんふふ〜」


 ロロちゃんママお手製シャンプーで髪を洗い、これまたロロちゃんママお手製の石鹸をよく泡立てて、身体を洗っていく。


 ふふふ、サービスシーンだね。


 シャンプーと石鹸に関しては、ここだけの特別なもの。髪も肌も艶々にしてくれるありがた〜いものだ。


 異世界の不衛生なあるあるなんていらないよね! 文化って最高!


 シャワーで泡を流して、湯船にイン!


「はぁ〜、生き返る〜」


 まるで疲労が湯船に溶けだすように、身体が弛緩していく。命の洗濯ですなぁ。


「ツバメお姉ちゃん、今まで死んじゃってたの〜?」


「これはお約束の言葉でねぇ……って、ロロちゃん!?」


「はーい! ロロだよ!」


 ロロちゃんが裸ん坊で突入してきたので、サービスシーンは終わりじゃオラァ! ロリっ子はあかんぞ!


「どうして入ってきちゃったの!?」


「ツバメお姉ちゃんは、ロロと一緒にお風呂入るの、いや……?」


「嫌じゃありません」


 即答します。ロリコンじゃなくても、将来有望な天使さんなんですよ? 今のうちに裸の付き合いに慣れておいて損は無いでしょう?


「やった!」


「でも身体は洗おうね〜。お手伝いしてあげるから」


「それはダメです!」


 にっこにこで振られて草。


 ……

 …………

 ………………


 ロロちゃんが湯船に入ると、何故か私の後ろに回って肩や背中を揉み始めた。やわっこい〜。小さなおててににぎにぎされるっていいですね……なんか、キモオタみたいな感想になったな……。


「おきゃくさま〜。かゆいところはありませんか〜」


「ふぉ〜……あ〜……それは〜……マッサージじゃなくて洗髪の時のセリフ〜……」


 幼女の力じゃ私のコリは取れないかと思いきや、不思議なヒーリング効果でもあるのか、凄く心地が良い。勝手に瞼が降りてくるし、眠気がマジでやばい。某漫画の布団に襲われた時みたいな速度で、アスキーアートみたいな寝方しそうな眠気だ。


「ツバメお姉ちゃん、あんまり無理しちゃダメなんだよ〜」


「うん〜? うん……そうだね?」


 だんだんとロロちゃんが何を言ってるのかがぼんやりしてくる。心配してくれてる気がする……?


「変なの付けてきちゃってさ〜。よくないもん。こんなのは、ぺい!」


 べちっ、と粘着質な音が耳に届く。なんだろう……でも眠くてわかんない……心が、凄く軽くなったような、胸の中でドロドロしていたナニカが、いなくなったような、そんな心地良さで。


「ツバメお姉ちゃんに、命への憎しみなんて似合わないもんね」


「……? うん……そうだね……」


 意識がほわほわして、ロロちゃんが何を言っているのかよくわからない。


「ツバメお姉ちゃんは、イケメンに嫉妬してるくらいが似合ってるもんね!」


「……うん? そう、だね……?」


 なんか、悪口言われてない……?


「でも、そんなお姉ちゃんでいいんだよ。怖がりなお姉ちゃん。安心して、ツバメお姉ちゃんを一人にはしないからね」


 抱きしめられている気がする。とても……とても、安心する。あ〜……限界かも。


「……うん、そうだね………………すぅ」




「……寝ちゃった。ママ〜! ツバメお姉ちゃん寝ちゃったから手伝って〜!」


「はーい。上手に出来たみたいね」


「うん!」

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