リアルに飛び込む

@seeder

心の底がしんと冷えているのを感じる。

黒い地面に足をつける。途端、次を待つ人達で辺りは溢れかえる。耳が痛くなって、僕はゆっくりとイヤホンをつけた。プラットホームは人がいっぱいで、色が溢れかえっている。目が痛くなって、僕はゆっくりと顔を伏せた。歩き出す。自分の格好は、どこにでもいるような黒いパーカーにジャージのパンツ。そんな姿を同級生に見られたくなくて、僕はゆっくりと目深にフードを被った。

自分だけの世界。焦がれても届かないリアルは、このプラットホームの外側にある。

適当に履いてきた靴は、だいぶすり減っていて、持ち主の頓着のなさのせいか砂まみれの可哀想な姿を晒している。まあ、でも、これのそんな汚辱にまみれた姿も今日で終わりだ。黒色に、きっと新しい色は映えるだろう。僕の黒い髪がふわりと風になびいた。

不思議に気分が浮ついているのを感じる。自分に、とっくに捨てた『感情』と言うものがまだ、欠片でも残っていたのかもしれない。

何も感じなければ、期待もせずに済んだ。痛い思いなんかすることはなかった。無性に退屈な日々になってしまったけれど、どうしても痛いのは嫌だった。

足に変化が訪れた。地面を蹴る力が強くなった。膝が曲がりだした。

もうすぐだ。

地元の歌がスピーカーで流れ出す。

もうすぐなんだ。

掲示板に表示される「まもなく」に心が躍った。


ふわっ


『アナタが嫌いです、死んでくだs…


どん。


何も、わからなくなった。




アハハハハハハハハ、アハハ、ウフ、アハハハハ。


嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイウレシイ。


こんなにも、歓喜してしまうことだったのか!


『死』というのは!!






そこで僕の記憶は終わった。その、はずだった。それで、僕の人生は終わりを迎える計算だった。

トラウマ覚悟で、家族に迷惑をかける覚悟で、竦む手足を必死に動かして…やっとの思いで、線路に身を投げた。全ては、『死ぬ』ことを達成するために。人生で、一番必死にやり遂げた、自分にとって最後を飾るにふさわしい『死』をやり遂げたはずだったのだ。それなのに…


それなのに。


なんで、生きてるんだろう。


悔しさよりも呆然とした思いが心を支配して、締め付けて、泣き出してしまった。

なにかが僕の計画を邪魔した。なんで?最後の最後まで、僕は誰かに意志を蹂躙されるのだ。僕の意志なんて関係ないって、そういうふうに僕を扱って…。


畜生…死ぬことさえも、ままならないのかよ。


青い空が見えた時の視界をお前は知っているか?

手を握ったとき、自分の筋肉を感じた瞬間の僕の絶望をお前は感じたか?

死にたかったのに、そんな意思すら傲然と踏みにじるお前らが、僕にはどう見えているか、理解るかよ。


自分をこんなにも貶めた黒幕に、もう怒りも込み上げてこない。自分の無感情さを、今は無気力に嗤った。




そろりと足を動かしてみる。足裏が地面についたときでさえ、わらうことができた。どうしようもなく、無気力だった。全て、あのとき使い果たしてしまったと思ったのに、足を動かす力が残っているとは…ね。


体を起こすと、真っ黒なアスファルトで舗装された地面が、一本、まっすぐに向こうまで伸びていた。周りを見渡しても、乾燥した砂色の大地が広がるだけで何もなく…こんなところに放置するくらいなら、いっそあそこで殺してくれたほうがはるかに楽だったろうにと、どうでもいいことを口に出して呪った。

とりあえず、痛いのも苦しいのも嫌なので、仕方なく行動を起こすことにした。こんなところに寝っ転がっていたら、いつか人間の姿焼きになってしまう。水もなく、飢餓状態はとても苦しいとネットで見たことがあるので回避したいのだ。とはいうものの、ここがどこだか分からないのでどこに進めばいいかも知らない。


これから広がっている私の世界は目的もない、地獄の日々なのだと、そう直感した。


私はどうすればいい?

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