第7話:死亡フラグ

 ――『勇者の使命』を放棄してもよい。

 ラウルから衝撃的な話を持ち掛けられたアレンは、信じられないと言った風に目を白黒とさせる。


「ど、どうしたのお爺ちゃん、いったい何があったの!?」


「……先日、虚空因子の継承者、当代の転生体である『ボイド』と交えた」


「ボイドが……っ。でも、大丈夫だった……んだよね?」


「いや、手も足も出ずに負けた。まるでボロ雑巾みたく絞られ、無残に殺されてしもうたわぃ……」


 ラウルは目をつぶり、静かに訥々とつとつと語る。


「この地は『勇者の聖域』。儂の全能力が大幅に引き上げられ、ボイドは大幅な弱体化を受ける。絶大な『地の利』があったにもかかわらず、まるで勝負にならんかった。両者の間には赤子と大人――否、ありと龍ほどの格差があったのじゃ」


「そ、そんなに……っ」


「あぁ、100回やり合えば、100回とも殺されるじゃろう」


 重苦しい空気が漂う。


「アレンよ、聖域の力が弱まっていることに気付いたか?」


「うん、ここに来る途中で、何回か魔獣に出くわしたんだ」


「すまんな、儂の失態じゃ。ボイドとの戦闘で、あらゆる仕込みを使い果たしてしもうた。勇者の魔力を込めた『聖水』も、勇者の魔力で満たした『結界』も、ひそかに守り続けた最後の『残り火』も、全て出し尽くし――かすり傷一つ付けられなんだ。なんと不甲斐ない、御先祖様に申し訳が立たぬ……っ」


 ラウルは今にも泣きだしそうな顔で、グッと奥歯を噛み締めた。


 ドンマイ、やっちゃったものは仕方ないよ。

 過去の失敗は忘れて、前を向いて歩こう。

 ……まぁ、襲撃したボクが言うのもアレなんだけどさ。


「さっき言っていた『無残に殺された』っていうのは、どういうこと?」


「儂はボイドに胸を貫かれ、致命傷を負った。世界がしらみ出し、体が冷たくなり、もはやここまでかと思うたそのとき――奴は『神の如き回復魔法』を使ったのじゃ」


「ボイドが……治したの?」


「あぁ。儂には殺す価値もない、そう判断したのじゃろうな」


 ラウルは複雑な表情で、自身の胸に右手を添える。


「それからというもの、すこぶる・・・・調子が・・・よい・・。どうやら蘇生の過程で、治療を施されたらしい」


 彼は悔しそうに拳を握り締める。


「あやつは、本当に『悪魔』のような男じゃ。儂を殺したかと思えば、無理矢理に生かし、体の悪いところを癒す。『勇者としての尊厳』はもうボロボロ、完膚なきまでに踏みにじられ、こうして『生き恥』を晒しておる……っ」


「い、生き恥なんかじゃないっ! お爺ちゃんは、今も立派な勇者だよッ!」


「ふっ、ありがとう……」


 老爺は力なく微笑み、自分の得た知見ちけんを語る。


「とにかく此度こたびの転生体は、極めて・・・異質な・・・存在・・じゃった。歴代の継承者とは、何もかもが違っておる」


「どういうこと?」


「虚空因子を持つ者はみな、『怠惰傲慢』な気質があった。絶大な滅びの力におぼれ、研鑽を忘れておるのじゃ。儂等勇者たちはそこを突き、辛くも勝利を拾ってきた」


 これはラウルの言う通りだ。

 原作ホロウも<虚空>の力に酔ってしまい、ほぼ全てのルートで死んでいる。


「しかし、ボイドは違う。天賦てんぷの才に胡坐あぐらかず、『謙虚堅実』にその力を磨いておるのじゃ。<虚空>の練度はもちろんのこと、体術・魔力操作・回復魔法、全てが超一流。あやつはまさに『厄災ゼノの再臨』、きっと今頃さらに強くなっているじゃろう……」


 正解。

 ボクはぴっちぴちの十五歳、年齢的にも成長期の只中ただなか

 毎日毎日、地道な努力を重ね、レベリングを続けている。

 当然ながら、ラウルと戦った時より、今の方がもっと強い。


「ボイドは正真正銘の化物、あやつに挑んだとて、無為むいに殺されるのみ。だからアレン、お前は『勇者の使命』を忘れて、平穏無事に暮らせ。儂は大切な孫にはよう死んでほしくない。これは老い先短い爺からの頼みじゃ」


 彼はそう言って、切なる願いを口にした。


(ふふっ、素晴らしいよラウル! キミを生かしておいてよかった!)


 勇者因子は、千年前に非業ひごうの死を遂げた、初代勇者の怨讐おんしゅう

 宿主・・であるアレンが死亡したとき、どんな暴走が起きるかわからない。


(ボクが理想とするのはは、アレンをメインルートから排除すること。そのために打ち立てたのが、『主人公モブ化計画』だ)


 今は天喰そらぐいを使った抹殺計画を進めているけれど……それだって多少のリスクはある。


(向こうが勝手に脱落してくれるのなら、これ以上ない最高の展開になるぞ!)


 そうして心を躍らせていると、


「……実はボク、昔からずっと考えていたんだ」


 いつになく真剣な顔のアレンが、ゆっくりと語り始める。


「1000年前から続く、勇者とゼノの因縁。この関係を上手く取り纏める方法はないかなって。お互い憎み合うんじゃなくて、『友達』になれないのかなって」


「無理じゃ」


 ラウルは即答した。


「奴等は『邪悪の権化』。血も涙も腹の奥底も、全てが真っ黒。過去に対話を試みた御先祖様もおられるが……その度に裏切られ――殺された」


「今まではそうだったかもしれない。でも、きっと今回は違う。もしもボイドが本当に悪い人なら、今頃お爺ちゃんは殺されていたはずだし、弱った体を治してもくれないと思う」


「そ、それは……っ」


 ……おいラウル、何を揺らいでいる?

 キミの大切な孫が、殺されるかもしれないんだよ?

 もっとボクの邪悪さを語って、頑固なアレンを説得するんだっ!

 危険な勇者稼業かぎょうから足を洗い、堅気かたぎとして生きるよう、教えさとさなきゃ!


(くそっ、こんなことなら、もう少し痛め付けておくべきだったか……ッ)


 やはりラウルも勇者の血筋、心が綺麗過ぎる。


(ちょっと見逃してあげたぐらいで、たかだか十年寿命を延ばしたぐらいで、ボイドに好印象を抱くんじゃない!)


 チョロいのは、『ポンコツニア』と『馬鹿ラグナ』だけで十分だ。


 ボクがラウルの甘さに頭を抱えていると――アレンが話の続きを語る。


「それにね。ボクも一度、ボイドに助けられているんだ」


「ど、どういうことじゃ!?」


「前に帰ってきたとき、ボクが『二回負けた』って言ったの、覚えてる?」


「あぁ、確かホロウくんと貴族の者に敗れたんじゃったな」


 アレンはコクリと頷く。


「あまり詳しくは話せないんだけど……その貴族に殺されるところだったんだ」


「なんじゃと!?」


「<零相殺ゼロ・カウンター>を破られて、体を氷漬けにされちゃって、もう駄目かと思ったそのとき――突然ボイドが現れた。彼は<虚空>の魔法を使って、悪い貴族を簡単に倒し、そのまま黒い渦の中に消えたんだ」


「そ、そんなことが……っ」


 ラウルは驚愕に瞳を揺らす。


「確かにボイドは、邪悪な魔力と強い悪意を持っている。でも多分、根っからの極悪人じゃない。膝を突き合わせて、お腹を割って話せば、友達になれると思うんだ!」


「戦うでもなく、逃げるでもなく、友誼ゆうぎを結ぶ――それがお主の答えか?」


 アレンは無言のまま、力強く頷く。


 両者の視線がぶつかり合い、


「……」


「……」


 しばしの間、重たい沈黙が流れる。


「……好きにせい、当代の勇者はアレン・フォルティスじゃ」


 ラウルは険しい顔を浮かべ、クルリときびすを返した。


「……うん、頑張るよ」


 アレンは沈痛な表情で、ポソリとそう述べる。


 お互いの関係にヒビが入るかと思われたそのとき――ラウルは背を向けたまま口を開く。


「先々代の勇者として、それを認めることはできん。じゃが……一人の祖父として、孫の決断を応援しよう」


「お、お爺ちゃん……っ」


 アレンはラウルに抱き着き、老爺は孫の頭を優しくぜた。


 こうして『大切な話』は終わり、二人は家の中へ戻って行く。


(……『友達・・』、か……)


 悪いね、アレン。

 それは無理だよ。


(『呪われた勇者因子』は、キミやラウルが考えているほど、甘いモノじゃない……)


 そこには『初代勇者』の憎悪が宿っており、いつか必ず虚空因子を滅ぼさんとする。


 ボクたちが悪役貴族と主人公である限り、キミがメインルートから降りない限り、友達になることは不可能だ。


「……そう、無理なんだよ……」


 なんとも言えない感情を処理し、頭をササッと切り替える。


(ラウルがアレンを口説き落とせなかったのは、ちょっと残念だったけど……。かなり面白いイベントだったね!)


 原作ロンゾルキアを愛するファンとして、とても楽しい時間を過ごすことができた。


 わざわざ時間を取って、こんな臭い場所に来た甲斐があったというものだ。


(さて、ボクもそろそろ寝支度に入らないとね)


創造クリエイト>で建てた屋敷へ、足を向けたそのとき――とある違和感を覚える。


(これは……囲まれているな)


 合計十人、距離はだいたい300メートルってところか。


(この隠形おんぎょううまさ……暗殺者・・・か)


『首ポッキー』のティアラとは違い、固有魔法に頼っていない実力派、過去にり合ったことのないタイプだ。


 おそらくは第四章における『死亡フラグ』の一つ――大魔教団からの刺客、『特殊暗殺部隊』だろう。

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