第6話:勇者の使命

 ボクが神経を尖らせ、<虚空>を即時展開できるよう、静かに身構えていると、


「お主……まっことハンサムな男じゃのぅ……っ」


 ラウルは頓珍漢とんちんかんなことを言い出した。


「……はん、さむ……?」


「うむ、儂の若い頃によう似ておる。さぞやモテるじゃろう?」


「は、はぁ……」


 斜め上の回答に困惑していると、アレンが慌てて割り込んできた。


「ちょ、ちょっとお爺ちゃん、変なことを言わないでよ! ホロウくんが困っているでしょ!?」


「おぉ、すまんすまん。あまりに男前じゃったもんで、ついな!」


 ラウルは後頭部を掻きながら、「がっはっはっ」と豪快に笑った。


「まったくもぅ……ごめんね、ホロウくん」


「いや、問題ない」


 このラウルという老爺は、かなりひょうきんな性格らしい。


(今のところ、『ボイドバレ』の心配はなさそうだね)


 ひとまず安心しながら、勇者の隠れ家にお邪魔する。


(これは……いい感じの部屋だな)


 扉を通った先は、すぐリビングとなっていた。

 木製のテーブルセットが中央に置かれ、壁際には古びた本棚がズラリと並び、暖炉に揺れる火がパチパチとまきを焼く。

 ほどよい生活のある、落ち着いた空間だ。


「確か、こっちに……っと、あったあった」


 ラウルは奥の部屋から椅子を持ち出し、それを机の周りに並べていく。


「さっ、適当に掛けてくれ」


 ボクたちが大きなテーブルを囲む形で座ると、対面に腰掛けたラウルがゴホンと咳払いをする。


「儂はアレンの祖父ラウル・フォルティスじゃ。今後ともよろしく頼む」


 彼はそう言って、礼儀正しく頭を下げた。


「はじめまして、ニア・レ・エインズワースです」


「エリザ・ローレンスだ」


「ホロウ・フォン・ハイゼンベルクです」


 簡単に自己紹介が済んだところで、ラウルが口を開く。


「こんな辺鄙へんぴなところへ、よぅ遊びに来てくれたのぅ。大したもてなしも……っと、そうじゃった! お前さんら、腹は減っておらぬか? ちょうど夕飯のカレーを作るところでな、よかったら食べていきなさい」


「えっ、いいんですか?」


「それはありがたいな」


 ニアとエリザの言葉を受け、ラウルは「もちろんじゃ」と微笑み、立ち上がって右手をグルリと回す。


「さぁて、それじゃちょいとばかし、張り切らんといかんな。うちの孫は、こう見えてよく食べるんじゃ」


「も、もぅ……そんなこと言わなくていいよ……っ」


 アレンが恥ずかしそうに、祖父の背をポカりと叩く中、


「あっそれなら、私達に任せてください!」


「夕食であれば、私達が作るとしよう」


 ニアとエリザが、強い意欲を見せた。


「いやいや、客人なんだから、ゆっくりしていなさい」


「急に大所帯おおじょたいで押し掛けたうえ、御馳走になるわけにはいきません」


「食材も全て出してもらっているのだ。せめて料理ぐらいせねば、筋が通らないだろう」


「そうか……? であれば、お願いしようかのぅ」


 二人に押し切られる形で、ラウルは引き下がった。


「はい(ふふっ、ホロウへ手料理を御馳走するチャンス!)」


「任せてくれ(古くより、胃袋を掴むのが勝利の鍵と言う。これは絶好の機会だな!)」


 それからニアとエリザはゴソゴソと荷物を漁り、エプロンを取り出し、サッと身に付けた。


 ニアは白地のフリルがついたモノ。

 エリザは青地のシンプルなモノ。


 はっきり言って、どちらもめちゃくちゃ可愛い。


(まさかこんなところで、ヒロインのエプロン姿を拝めるとは……眼福がんぷくだね)


 ニアは人参と玉ねぎを、エリザは肉の塊を、手早く切り分けていく。

 二人ともさすがの料理スキルだ、きっといいお嫁さんになるだろう。


 一方ボクとアレンは――黙々とじゃがいもの皮をいていた。


「ホロウくんって、包丁も使えるんだね」


「こんなものは、誰にだってできる」


「うぅん、刃物の扱いがとても上手。もしかして、剣術も修めていたり……っ!?」


 アレンの顔がわずかに歪む。

 どうやら少し指を切ってしまったらしい。


「ったく、何をしているんだ……」


 ボクはすぐに回復魔法を使おうとして――止まる。


(そう言えば……前回ラウルをボコったとき、彼の心臓を再生したっけな)


 今ここでアレンの切り傷を治した場合、ボクとボイドの間に『回復魔法』という『共通項』が生まれてしまう。


(まぁ……大丈夫か)


 ボクが回復魔法を使えるのは、割と知られていることだしね。


 ここから『ボイドバレ』はない。

 そう判断したボクは、アレンの怪我を治してあげた。


「ほぅ、その若さで回復魔法を……」


 こちらを見ていたラウルが、感心したように呟き、


「ふふっ、ホロウは魔法の天才なんですよ?」


「ホロウほどの傑物けつぶつは、世に二人といないだろう」


 ニアとエリザは、自慢げに声をはずませ、


「あ、ありがとうホロウくん……っ」


 アレンは両手を胸に当てながら、とても嬉しそうに微笑んだ。


(……おい、どうしてほほを染める?)


 これ、アレだよね?

『幻のアレンルート』に突入したとか、そんなことないよね!?

 原作ロンゾルキアは『圧倒的な自由度』を売りにしたゲームだけど、さすがにそこまでフリーダムじゃないよね!?


 そんなこんなをしているうちに、カレーを煮込んだ鍋がグツグツと音を立てる。


「――さぁ、できたわよ」


「おかわりもたくさんあるぞ」


 ニアが白飯をよそい、エリザがルーをかけ、机の上に全員の皿が並んだ。


「「「「「――いただきます」」」」」


 全員で手を合わせて食前の挨拶。


「こ、これ……すっごくおいしいよ!」


「こりゃたまげた、絶品じゃわぃ……!」


 アレンとラウルが舌鼓したつづみを打ち、


「それはよかった」


「作った甲斐があるな」


 ニアとエリザが微笑む中、


「……」


 ボクは無言で、カレーを口へ運ぶ。


 するとそのうち、両サイドから視線を感じた。


「ねぇ、おいしい?」


「どう、だろうか?」 


 ニアとエリザはそう言って、ジッとこちらを見つめる。


(二人の手作りカレーは、めちゃくちゃうまいんだけど……)


 これをそのまま伝えたら、原作ホロウの設定キャラが崩れてしまう。

 故に、この場で返すべき答えは一つ。


「……まぁまぁだ」


「ふふっ、よかった(この反応、かなりの高評価ね!)」


「喜んでもらえて嬉しいぞ(この返答、相当気に入ってくれたみたいだな!)」


 ボクたちはその後、レドリック魔法学校の話で盛り上がり、ラウルはそれを楽しそうに聞いていた。


「「「「「――ごちそうさまでした」」」」」


 みんなで協力して後片付けを済ませ、ホッと一息をつく頃には、もう22時を回っていた。

 そろそろ寝支度を意識し始める頃、


「うぅむ、困ったのぅ……」


 難しい顔のラウルが喉をうならせた。


「どうしたのお爺ちゃん?」


「この狭い我が家に、五人分の寝床ねどこはない」


「た、確かに……っ」


「――ぃよし、こうしよう。アレン、ホロウくん、儂らは野宿じゃ! 外にテントを張ろう!」


 ラウルの無茶苦茶な提案を受け、


「うわぁ、楽しそうだね!」


 アレンは無邪気に目を輝かせた。


(おいおいおい、待て待て待て……っ)


 勇者二人と一緒に寝るなんて御免だ。

 どんな死亡フラグが発生するかわかったものじゃない。


 ボクは平静を装ったまま、迅速じんそくに話の流れを変える。


「いえ、それには及びません。自分たちの寝床は、魔法で用意します」


「魔法で……用意……?」


「ど、どういうこと?」


 ラウルとアレンは、不思議そうに小首を傾げる。


「今から家を建てようかと」


「……はっ……?」


「……えっ……?」


「『百聞は一見に如かず』、どうぞこちらへいらしてください」


 ボクがそう言って外へ出ると、ニア・エリザ・アレン・ラウルが後に続いた。


 ひんやりとした夜風よかぜが吹き、月明かりが周囲を照らす中――ボクは右手を前へ突き出し、とある・・・一般魔法・・・・を使う。


「――<創造クリエイト>」


 次の瞬間、魔力で構築された木造二階建ての屋敷が出現する。


「う、うそ……っ(<創造>の魔法一つで、こんな大きな家を作っちゃうなんて、やっぱりホロウは凄い……ッ)」


「……さすがだな(魔人化したヴァランを優に超える魔力、人の領域を踏み越えた魔力技能、やはりホロウは『格』が違う……)」


 ニアとエリザは驚愕に目を見開き、


「うわぁ、立派な家……(さすがはホロウくん、本当になんでもできちゃうなぁ)」


「ほぉ、これは驚いたのぅ(回復魔法に加えて、並外れた魔法技能……なるほど、確かに『天才』じゃ)」


 アレンとラウルは舌を巻いた。


「こちらの家は明日中に消滅するので、後処理の必要はございません。その点、どうかご安心ください」


<創造>はとても便利な魔法なんだけど……『生成物が24時間後に消える』という『致命的な弱点』があるんだよね。

 これは魔法の特性だから、大量の魔力を注ぎ込んでも、修正することができない。


(この制限がなかったら、ボク一人でニュータウンも作れるんだけど……)


 まぁ原作の設定に文句を言っても仕方がない。


(やっぱりゲームって、制限ルールがあるから面白いモノだしね!)


 それからボク・ニア・エリザの三人は、自分の荷物を持って、『臨時の寝床』へ移動する。


「アレン、ラウルさん、おやすみなさい」


「世話になったな」


 ニアとエリザが手を振り、


「夜の山はよく冷える。温かくして寝るんじゃぞ?」


「みんなおやすみ、また明日ね」


 ラウルとアレンが応える。


 そうして二組に別れた後――ボクの鋭敏な聴覚が、後方の小さな声を拾う。


「アレン、ちょっとこっちへ来ておくれ」


「うん、どうしたの?」


 こっそり後ろに目を向ければ、ラウルがアレンを招き、家の裏手へ回っているではないか。


(ボクたちのいなくなったこのタイミング……におうね)


 おそらく、イベント・・・・発展・・した・・

 先々代勇者から当代の勇者へ向けた『大切な話・・・・』だ。

 このイベントにおける『メインどころ』が、ついに始まる。


 ボクは自分の荷物をエントランスに置き、そのままクルリときびすを返す。 


「悪いな、少し用事を思い出した」


「えっ?」


「どこへ行くんだ?」


「すぐ戻る。お前たちは、適当な部屋で休んでいろ」


 ニアとエリザにそう指示を出したボクは――魔力を断ち、気配を殺し、鼓動を弱め、呼吸音を消す。

 ハイゼンベルク家は、暗殺を生業なりわいとする家系。この手の隠形おんぎょうは、お手の物だ。


 夜闇よやみに紛れたボクは、音もなく静かに移動し――勇者の隠れ家の裏で、アレンとラウルを発見。


(よしよし、ちょうど始まるところだね!)


 耳を澄ませて、勇者たちの会話を盗む。


「アレン……お主に『大切な話』がある」


「どうしたの、そんなに改まって」


「あぁ、それなんじゃが……」


 真剣な表情のラウルは、長く重たい息を吐き――やがて口を切る。


「――『厄災やくさいゼノの転生体』は、もう探さんでもよい」


「……えっ……?」


「『勇者の使命』を放棄してもよい、そう言っておるのじゃ」


 おやおやおや、これはまた随分と『面白い話』をしているじゃないか!

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