第2話:新しい家族
台車に
(いや、なんで?)
第一章のゾーヴァや第二章のヴァランとは違い、第三章のラグナは友好的に家族へ迎え入れた。
彼は唯一『ボロ雑巾』にならず、ボイドタウンへ到達した奇跡の個体。
そんな
(シュガーの
『
「ねぇ、いったい何があったの?」
「はい、実は――」
シュガーは真剣な表情で語り始める。
今朝方、ラグナの案内役を任された彼女は、張り切って職務に臨んだらしい。
【この街は、ボイド様の偉大な御力と深淵な
【やっぱボイドは――俺の新しいボスは
【ボイドではなく、ボイド
【へいへい】
ボイドタウンを巡りながら、街の歴史や成り立ちやルールを説明し、ガイドは順調に進んだそうな。
その後、待ち合わせの17時が近付き、虚の宮へ移動しようかというとき――悲しい事件が起こった。
【あちらにいらっしゃるのが、
【へぇ……つまりあの銀髪エルフが、ここの
【銀髪エルフではなく、ダイヤ様です。決して失礼のないように……って、ちょっとどこへ行くのですか!?】
シュガーをガン無視して、ラグナはダイヤのもとへ跳び、
【よぅ、先輩! 俺が新しい『ボスの右腕』、ラグナ・ラインだ! よろしくな、
地雷の敷き詰められた舞台で、華麗なタップダンスを披露したそうだ。
「――っということがありまして、見るも無残な『金色のボロ雑巾』に……」
「なるほど、それはラグナが悪いね」
五獄筆頭のダイヤは、『ボイドの右腕』というポジションを凄く大切にしている。
虚の定時報告でも、五獄の緊急集会でも、ボクの右隣――No2の座はダイヤの『聖域』。
他のメンバーたちも、そこには決して触れない。
(しかし、よく死ななかったなぁ……)
ラグナの驚異的な生命力……いや、これはダイヤの
もし彼女が本気でぶち切れていたら、こんなボロ雑巾じゃ済まない。
「さて、そろそろ起きようか」
ボクは右手を前に延ばし、回復魔法を展開、ボロ雑巾を綺麗に
「おはようラグナ、気分はどうだい?」
「……最悪だ、危うく死ぬとこだったぜ……っ」
むくりと上体を起こした彼は、奥歯を強く噛み締める。
「クソ、なんなんだあの銀髪エルフは!? 化物みてぇに強ぇじゃねぇか……ッ」
「キミじゃ五獄には勝てないから、もう馬鹿な真似はしないように。相手が優しいダイヤだったからよかったものの……。これがルビーやアクアなら、よくて『
「あ、
「もちろん。ダイヤは思いやりに溢れたとてもいい子だ」
『極めて重い』という一点を除けば、彼女こそまさに『完璧なヒロイン』だろう。
『クンカクンカ属性』……そんなものはなかった。
「五獄ってのは、とんでもねぇ人格破綻者の集まりなんだな……っ(まぁ、虚の統治者が
顔を引き
「とにかく、ボイドタウンの風紀を乱す行為は禁止。次また同じようなことをしたら、仲良しの家に入ってもらうからね?」
その瞬間、
「「……っ」」
ゾーヴァとヴァランが、ビクンッビクンッと体を震わせた。
「仲良しの家? なんだそりゃ、ガキの遊び場か?」
ラグナが
「――悪いことは言わぬ、ボイド様に逆らうな」
「――悪いことは言わん、ボイド様の御命令に従え」
ゾーヴァとヴァランが、被害者一号と二号が、鬼の形相で忠告を発した。
これ以上の
一方、凄まじい『圧』を受けたラグナは、
「お、おぅ……なんだかよくわかんねぇが、とにかくわかったぜ」
彼にしては珍しく、素直にコクリと頷いた。
(うんうん、やっぱり家族は助け合うものだよね)
ちなみに仲良しの家へ連行されて、ルビー先生のご指導を受けたヴァランは――なんと奇跡的に無事だった。
ゾーヴァみたいな『キラッキラの目』にならずに済んだのだ。
本人曰く、「地獄のような苦しみの中、
早々に抵抗を諦め、心を入れ替えた結果――ルビーの
【すまぬゾーヴァ、私が間違っていた……。あなたの差し伸べてくれた手を振りほどき、あまつさえ侮蔑した
【よい、よいのじゃヴァラン……。今はとにかく、貴殿の無事を祝おう】
爺キャラの大ボス二人が、涙を流して抱き合う姿は、とても
(なんにせよ、ヴァランが助かって本当によかったよ)
ボクは自分の街を――このボイドタウンを『少女漫画的な乙女空間』にしたくない。
目に星の入った爺キャラは、ゾーヴァ一人で間に合っている。
(でも、『ゴドリーくん』は駄目だった……)
魔法省に忍び込んだ大魔教団の工作員ゴドリー・ベルン。
第三章に登場した中ボスで、セレスさんに魔王因子を研究させていた悪人だ。
凄い
あまりの苦痛に心が崩壊して、ゴドリーくん(精神年齢5歳)となった。
かつての邪悪な彼はどこへやら……。すっかり幼児になってしまい、「お菓子ちょうだぃ?」って感じで、無邪気な笑みを向けてくる。
(やっぱり中ボスに『親友コース×48時間』は、ちょっとやり過ぎだね……)
この失敗を
そんな前向きなことを考えていると、ラグナが周囲を見回し、鼻を鳴らした。
「しっかし、なんだこりゃ? 『大翁』ゾーヴァ・『闇の大貴族』ヴァラン・『虚の統治者』ボイド……。どいつもこいつも、極悪人ばかりじゃねぇか。ボスはあれか、『世界征服』でも
「まさか、むしろ『世界平和』を願っているよ」
ボクがにっこり微笑むと、
「くくっ、そいつは面白ぇ冗談だ。やっぱりあんたは最高だよ」
ラグナは肩を揺らして笑った。
(いやぁしかし……大ボス三人が並ぶこの光景は、本当に素晴らしいね!)
原作ファンとして、非常に
言うなればそう、自分だけのガラスケースにお気に入りのコレクションを並べているような感覚だろうか。
こうして眺めているだけで、とても幸せな気持ちになれる。
(欲を言えば、もっといろんなキャラを配置して、掛け合いや関係性を見たいんだけど……)
それはメインルートをクリアした後のお楽しみに取っておこう。
今はまだまだ、やるべきことが山積みだからね。
(さて、そろそろ『本題』へ入ろうかな)
コホンと咳払いして、ラグナに目を向ける。
「さっきシュガーから説明があったと思うけど、今うちは二つの巨大事業を手掛けていてね。ただ、ちょっと労働力が足りなくて困っているんだ」
「なるほど、俺の召喚魔法を利用して、頭数を増やそうって話か」
「そっ、理解が早くて助かるよ」
「あ゛ー、なんだ、その……期待してもらっているとこ
彼はそう言って、バツが悪そうに
「心配ご無用。ちょっと
「別に構わねぇが、何をするつもりだ?」
「いいからいいから」
ラグナが頭に疑問符を浮かべながらも、右手をスッとあげると、美しい
但し、中身はスッカラカン。
第三章の最終盤面で、<原初召喚・熾天使グラディア>を使ったため、ひとかけらの魔力も残っていない。
ボクはそんな空の器へ手を伸ばし、魔力をちょっぴり
すると次の瞬間、<原初の巨釜>は黄金の輝きを放った。
「これくらいでどうかな?」
「お、おいおい、マジかよ……っ(あり得ねぇ、たった一人で、
「ふふっ、どうやら十分そうだね。それじゃ早速、
その後、ボイドタウンの空き地へ場所を移し、スケルトンを呼び出してもらう。
だいたい三十分ほど経っただろうか。
「ふぅ、ふぅ……<多重召喚・スケルトン>」
ラグナが30回目の召喚魔法を使うと同時、地中から10体のスケルトンが
(……かなり苦しそうだね)
どうやら召喚魔法を行使する際、魔力だけじゃなくて精神力のようなモノも消耗するらしい。
(回復魔法と同じで、原作と少し仕様が違うね……面白い)
この世界に関する新情報を仕入れたボクが、ニマニマと満足気に微笑んでいると、
「はぁ、はぁ、はぁ……ぼ、ボス……もう限界だ……っ」
四つん這いになったラグナが、早くもギブアップを宣言した。
「えー、まだイケるでしょ。目標の1000体に全く届いてないよ?」
召喚できたスケルトンは、合計300体そこそこだ。
「いや、無理だ。これ以上は頭がイカレちまう……っ」
「そっか、それなら仕方ないね」
「あぁ、
「いや、ラグナが謝る必要はないよ。これは完全にボクのミスだ。まさか
原作ホロウお得意の『謝罪風煽り』を決めたところ、
「や、やってやらぁッ!」
ぶち切れたラグナは、上の服を脱ぎ捨てた。
「このラグナ様を舐めんじゃねぇぞ!? ボスが
「ふふっ、そう来なくっちゃ」
ちょっっっろ。
さすが『超単細胞』という設定を持つだけあるね。
こういう扱いやすいところは、間違いなく彼の美点だ。
それから一時間後、
「へ、へへ……っ。どうだ、
「さすがはラグナ、見事な働きぶりだよ」
空き地にズラリと並ぶのは、1200体のスケルトン――つまりは『1200人分の労働力』だ。
「ふぅー……まったく、我ながらイイ仕事しちまったな」
達成感と充足感に満ちた男の顔は、
「それじゃ、
「……あし、た……?」
まるで石像のようにピシりと固まった。
「お、おい、待てボス……っ。あんたさっき、目標は1000体だって、言ってなかったか?」
「それは
「……ここは地獄だ、鬼ボスの支配する魔界だ……」
彼はそう言って、絶望に崩れ落ちた。
「ところでラグナ、キミって確か『例のアレ』を断ったんだよね?」
「……例のアレってなんだよ」
「ほら、
「あぁ、あの件か。確かに断ったが……なんでボスがそんなことを?」
「ふふっ、ボクはなんでも知っているんだよ」
今晩遅く、ラグナを除いた
(世界中に散らばる大魔教団の幹部が、
彼らをコレクションに加えれば……ボイドタウンはさらなる発展を見せ、メインルートの大幅なショートカットができるうえ、主人公に入る予定の経験値を丸ごと
(今回の討伐対象は大ボスじゃないから、この前みたいな『システムの
実際にラグナから裏も取れたし、『フラグは立った』と見ていいだろう。
「さて、と……ちょっと行ってこようかな」
「『行ってこようかな』って……おいボス、あんたまさか!?」
「うん、ちょっと
ふふっ、また『新しい家族』が増えてしまうね!
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